1.
(だいたい自分自身が)だいたい自分が思っていることが(神さま仏さまからみて)適切なのかどうかも判っていないのだから、表題について語る資格は私にはありません。
2.
(語るのは自分が勝手に理解しているジリリタ)自利利他にもいろいろある。@お客の要求を何でも満たしてつかわすのが自利利他。 A自分を犠牲にしても相手が満足するまで尽くしつくすのが自利利他。 かつての昼メロの世界のこと。 B自分の物は自分の物、他人の物も自分の物。
〜結論は、@AB共に違うと思います。
3.
(いきなり結論を言っても理解を示す人は少ない)私も中小企業の経営者です。反省している事があります。−いきなり結論を言ってしまって。比較論を省略してしまうわけです。それで心は「どうや。わかったやろ」。
これだけでわかる方がデキすぎですよネ。
経営者たる者、コ〜しろと言うときはアーしたらいけないと言う相対論にて述べるべきかと思うわけです。
4.
(自利トハ利他ヲイフも相対論で述べてみよう)臨済録の中に次の文があります。里道 徳雄先生の和訳です。これを四料揀(しりょうけん)と言います。
「師、衆に示して曰く。@有る時は奪人(だつにん)不奪境(ふだつきょう)。A有る時は奪境不奪人(だつきょうふだつにん)、B有る時は人境倶奪(にんきょうぐだつ)。C有る時は人境倶不奪(にんきょうぐふだつ)。「人」は自分のことで「境」は周辺世界。「奪」は否定することで、人と人との間では知らないうちに「奪」の意識が働く。そこで自分のあるべき姿をこの四つの言葉でチェックをするわけです。
5.
(私の迷推理なんですけど)「自利トハ利他ヲイフ」ことは私が上述した@お客の要求を何でも満たしてつかわすこと。 A自分の身をささげ尽くして果てることではないと思う。 B他人の物も自分の物ではナイと思う。
どうも自利利他の言葉は@の言葉を受け入れすぎている響きがあるように思う。
だから経営者がトクについて従業員に話す場合はヨクヨク周囲の@ABとの比較を含めて話すべきかと思います。
6.
(ホントはネー)本当は、経営の極意を浄土真宗の正信念仏偈で話したいんですがネ。どうも真面目になりすぎましてネ。そしたら西別院派の山田和尚がネ、「そりゃあ“嘆異抄”の第2節だヨ。」ありがたいですネ。それで、もっと違った伝え方が他に無いかナと思ってみたら、イロハ歌に当たってネ。イロハ歌はセミナーでは話題にしていますがネ。自利利他もど〜も真面目になりすぎる。それで四料揀をベースにしてストーリーを考えてみようかナ。
つまり私は何を言いたいのか。経営は境を奪うことでも人を奪うことでもない、ひいては諸行無常を悟り、脚下照顧をすることである。
読者のみなさん、どう思います?
セミナー案内の申込欄から入れます。