第26回 銀行印は大丈夫か

 

 銀行印というものは、社長の責任において、外部への支払いを保証するという意思表示のために押されるものである。企業間信用は、この銀行印によって供されるという重要な意味がある。だから、社長自ら押すものであると同時に、他の誰に任せてもいけない。

 中小企業の社長の、この辺の認識は驚くべき低さであり、一経理担当者に銀行印を預けるごときは、あきれてものが言えない。

 昔、使用人がたくさんいた大問屋の主人でも、戸締りと火の始末だけは、主人自らやったという。使用人がたくさんいるから、任せることはできるし、火の始末や戸締りなど、誰にでもできることである。それにもかかわらず、主人自らやるということは、行為自体の問題ではなくて、その意味こそ大切なのである。戸締りと火の始末こそ、自らの家にとり、世間に対して最も大切なことであり、自らの責任なのである。だから主人が誰にも任せずに自分でやったのである。

 銀行印も全く同じである。社長以外の誰にやらせてもいけない。だから、経理担当者は僕の弟だからとか、長年やっていて絶対信用できる人間だから、というような理由で、ハンコを預けておくのは、まったくの間違いなのである。事は経理担当者が信頼できるかできないかということではなく、社長自身の経営に対する姿勢のことなのである。

 別の反論では、社長がいろいろそんなことをしていたら、忙しすぎて仕事にならない、というのがある。冗談じゃない。社長がどんなに忙しかろうと、日本一の大企業の社長であろうと、アメリカ大統領より忙しいことはない。そのアメリカ大統領は、我々から見たら、とても考えられない程の膨大な数の書類に、いちいちサインをしているのだ。

 忙しいというような社長は、社長が見る必要のないような、全くくだらないたくさんの書類に目を通して、いちいち捺印しているのだ。それをやめてしまえば、銀行印を押して、なおかつ、多くの時間が生み出せることを知らなければならない。

 銀行印を社長自らが押すもう一つの目的は、自らが銀行印を押すことによって、我社の資金の動きを自分の目で確認し、あるいは質問することで、日々動いている資金のことを誰よりも一番に肌で感じ、経営で最も大切な資金の感覚を鋭敏にしてほしいということなのである。資金に疎い社長は、利益がでれば、いつもその分だけお金があると思いこんでおり、設備投資や人件費投資の金銭感覚が大きくズレており、非常に危険なのである。

 当然のこととして、銀行印は必ず身に着けておくか、又は金庫に入れて鍵をかけておかなければならない。とにかく、銀行印は社長以外は手に触れさせることさえしてはいけないのである。もしも、仕事上や営業用に社長印が必要ならば、営業用のハンコを別に作ればいいのである。

 ところで、社長が長期に出張する場合にどうしたらいいのだろうか。T社の社長は、出張のときは銀行印だけでなく、金庫の鍵まで会社に置かないという。3週間の欧米出張というときでさえも例外ではないのだ。

 T社長いわく、「僕がいなければ金庫も開かないし、手形や小切手も切れない。しかし、心配はいらない。社長がハンコを押したためにつぶれた会社はたくさんあるが、社長がハンコを押さなかったためにつぶれた会社は一社もない」というのである。けだし、名言である。

 

参考文献:一倉定の社長学「新・社長の姿勢」