第29回 摩擦なき企業の危険
I社長は人間関係論者であり、すべてのことについて、部下に相談を持ちかけるし、部下の立場をよく考えて決定するので、部下は社長に心服し、会社内は常に和気アイアイであった。摩擦など全くない平和な会社であった。
しかし、会社の業績は常に悪かった。部下は、社長からの相談があると、もしもそれが何らかの危険があったり、困難が予想されるときには、自分本位の発言をし、自分が悪者になったり、不利な立場にならないように予防線をはる。・・・・これは、社員が無責任なのではない。人間とはそのようなものであり、極めて自然のことなのである。社長たるものこの辺のところをしっかり心得ておかなければ事業経営などできるものではない。
社長の決定は、社員との相談で決めるのではなく、お客様の要求と競争相手の出方をみて決めるのだ。そして収益を上げる可能性の高い決定ほど、その反面に危険が伴い、それを実現するための困難は大きいのである。
だいたいにおいて、お客様の要求というものは、自分勝手で、我が儘であるのが大前提であるから、それに対応しようとすれば、いつでも我社の内部に摩擦が起きることは当然だと心得るべきであり、そんな内部の摩擦なんか無視し、外部事情への対応を最優先させることによって同業者に打ち勝っていくことこそが事業経営の本質なのである。
この現実に背を向けて、部下の方を向いてしまい、我社の事情を優先した決定をしていては業績が上がるはずがない。I社長の考え方が間違っているのであり、業績不振の責任は、I社長が一身に負うべきであって、社員には全く責任がないのである。
このようにしてI社長の会社は創業以来業績に見るべきものはなく、それから3年を待たずして倒産してしまったのである。
私は社内の人間関係などどうでもいいと言っているのではない。企業の成果に及ぼす影響についていっているのだ。
変転する外部状勢の変化とお客様の要求に、いかに対処し、いかに応えていくか。が企業の運命を基本的に決めてしまうのである。とするならば、経営者の第一の、そして最大の関心は、社内の人間関係ではなく、毎年のように変転する外部状勢の変化についてであり、お客様の要求の変化についてでなければならないのである。
このように、企業は外部の変化にあわせて、常に自らを変えてゆかねば生きていけない。絶えず自らを変えるということは、生やさしいことではない。これを行うときには、必ずといっていいほど、内部の抵抗があり、摩擦が発生するのだ。摩擦がないような内部の変更は革新ではない。これらから成果の増大を期待することなどできない相談である。優れた革新ほど批判や摩擦が多く、社内の人々を苦しませるものなのである。
摩擦なき革新はありえず、革新なくして企業は生きられないならば、好ましいことではないけれども我慢しなければならない。というよりは、「摩擦こそ進歩の母、積極の肥料」であることを肝に銘じて、摩擦を恐れず革新を断行しなければならないのだ。
逆説的にこれをいうならば、企業体内に良好な人間関係が維持されているということは、その企業体において革新が行われていない実証なのである。
それは、生き残るための死にものぐるいの努力がないということであり、企業が倒産に向かって、ばく進している姿そのものなのである。
参考文献:一倉定の社長学「社長の条件」