斎藤恵美子税理士事務所 大町,滝川市,北海道
トップページへ

斎藤恵美子税理士事務所/TKCシステムQ&A

斎藤恵美子税理士事務所/マイメッセージ
斎藤恵美子税理士事務所/お役立ちコーナー
斎藤恵美子税理士事務所/事務所紹介
斎藤恵美子税理士事務所/経営理念
斎藤恵美子税理士事務所/交通案内
斎藤恵美子税理士事務所/業務案内
斎藤恵美子税理士事務所/セミナー案内
TKC戦略経営者ローン
補助金・助成金情報
斎藤恵美子税理士事務所/リンク集
斎藤恵美子税理士事務所/掲示板
斎藤恵美子税理士事務所/お問い合わせ

統一研修会
コラム(おしごと)
コラム(フリー)
私達はこんなことをしています
個人情報保護方針


コラム(フリー)

 ここは、仕事に限らず、私達が四季折々に触れ感じたままを自由に書き記すページです。いつの間にかこのページに迷い込んでしまった貴方、私達と束の間のブレイクタイム(ひととき)を過ごしませんか?



 

 

 

 

 

「モンスターその後」 2008/04/21

建築家の安藤忠雄さんが東大の入学式で親離れ、子離れの勧めを語り、話題を呼んだ。「自立した個人をつくるためには、親は子を切ってほしい」。祝辞でクギを刺すほど、子に構い続け、不満があれば学校にねじ込むのが今の親だとされてきた。ところが……。

▼「最近、大学へのクレーマーの出足はぱたりと止まりました」。関西の大学で現代思想などを教える内田樹さんが論壇誌「サイト」の取材に答えている。理由はひとつ。モンスターペアレント(怪物のような親)という呼び名が広まったのを見て、世間が自分の側にないことを親たちが悟ったからだという。

▼「社会全部を敵に回せる腰の据わったクレーマーはめったにいない」と内田氏。病院の「モンスター患者」、企業の「クレーマー」、怒る高齢者に作家の藤原智美氏が名づけた「暴走老人」。新語の数々には、お客様を神様と奉った時代の振り子が逆にふれ始めた感も漂う。風向きの変化を喜ぶべきか、嘆くべきか。

▼罵声(ばせい)が幅を利かせ、教師や医師、接客業で働く人々が燃え尽きる社会も疲れるが、正当な理由から声を上げた人が白い目で見られる世の中も息が詰まる。異なる意見や立場を理解する想像力を皆が持ちたい。「寛容さのない環境から未来は生まれない」と安藤さんも祝辞で語っている。

          ※日経新聞04/20付コラム【春秋】より引用

「気の長短」  2008/04/14

 落語家の柳家小三治さんが、師匠の故五代目柳家小さんと向かい合って噺(はなし)を聞いてもらったことはただの一度しかない。ネタは師匠十八番の「気の長短」。聞き終わると、腕組みして、一呼吸二呼吸沈黙があって、たったひとこと「お前の噺は面白くねぇな」。

▼「このひとことは効いた。グサッと心の臓を突き抜いた」と小三治さんの著書「落語家論」にある。度外れて気の長い男と短い男の掛け合いで笑わせる滑稽(こっけい)噺が「面白くねぇ」では救われない。どうしたら面白くなるのか、言ってはくれないし考えたって分からない。師の教えはただ「その了簡(りょうけん)になれ!」だった。

▼頭を抱えていた小三治さんはある日、小さんの高座をそでから見てハッとする。気の長い男の話が続くうち、師匠の足の指がピクピクしたのだ。お客さんからは絶対に見えない足の指まで、間の抜けた話しっぷりにイライラしてくる短気な男の了簡になっているとは。「なァるほどなァ」

▼2週間足らずの日々を振り返り、気がつくとため息が出ている。新入社員にとってはそんな時分かもしれない。上司や先輩のひとことが気になったり、要領の悪さに自分であきれたり。気疲れもしたろう。でも、周りに目を凝らせば、ヒントがきっとみつかる。「なァるほどなァ」と合点することが、きっとある。 

          ※日経新聞04/13付コラム【春秋】より引用

「旧制高校物語」 2008/03/25

 
 明治の末年、芥川龍之介は無試験で一高文科に入った。当時の旧制高校は中学校からの推薦でたくさんの学生を受け入れていて、その1人だったのだ。後に文名を得る久米正雄や、共産党の幹部になる佐野文夫も同級の無試験組だった。

▼現代史家の秦郁彦さんが「旧制高校物語」で触れている話である。秦さんが数えたところ、その年の一高入学者355人のうち64人が無試験だという。すでにペーパーテスト一辺倒への反省があったからだろうが、結局は評判が悪く大正期には影を潜める。筆記試験の方法もまた猫の目のように変転した。

▼国公立大後期日程の合格発表が始まった。最後のチャンスに挑んだ受験生に吉報あれと願うけれど、選抜というのはやはり無情なものだ。その仕組みを改めようと、面接や小論文を重んじたAO(アドミッション・オフィス)入試が近年は盛んになった。しかしこれも入学後の成績が芳しくないなどと不評らしい。

▼選抜をめぐる試行錯誤は、旧制高校のころとあまり変わらないということだろう。そういえば、推薦で一高に入った久米正雄は後年「受験生の手記」なる小説を書き、主人公に無試験組の学生をあえて揶揄(やゆ)させている。「あいつ自分で入ったように威張っている」。入試改革も受験生心理も解きがたい難問である。 

     ※日経新聞03/21付コラム【春秋】より引用

「寝台列車」   2008/03/14

夜の東京駅。東海道線ホームに連日、時ならぬ人だかりができている。きょうで姿を消す大阪行き寝台急行「銀河」を見ようとする人々だ。おそらく今夜の人出が最高になるだろう。くれぐれも転落事故などを起こさぬよう、気をつけて名残を惜しんでほしい。

▼1960年代に最盛期を迎えた寝台列車はその後、緩やかな衰退の道をたどり、近年になって古くからの列車が相次ぎ廃止されている。新幹線、航空機、高速バス、格安ビジネスホテルの4つが原因だ。同じJRの新幹線は別として、他の3つのライバルの興隆は、規制緩和やベンチャー精神と切り離せない。

▼参入や増車がしやすくなったバス事業。寝顔を男性に見られずに済むよう女性専用車を運行し、こまめに乗降場を設けるなど便利と快適を競う。料金も安くなった。航空も状況は似ている。新興ホテルチェーンは勤務体系や設備調達の工夫でサービスと低価格の両立を目指す。知恵と努力が消費者の習慣を変えた。

▼最終の新幹線より遅く出発し朝一番で着く銀河は、宿泊費と時間を節約したいビジネス客に重宝された。その銀河もJR発足時に8割あった乗車率が昨年暮れには3―4割に落ち込んでいた。最後の時だけは共に過ごそうという思いからか、きょうの切符は発売30秒で売り切れたそうだ。 

          ※日経新聞03/14付コラム【春秋】より引用

「結婚しようよ」 2008/02/13

先日(2/10)、映画“結婚しようよ”を観た。
雪まつり期間中とあって、お昼の札幌駅の構内は人で溢れかえっていた。嫌な予感がしたんだけど、とりあえずは札幌シネマフロンティアに直行した。案の定すごい人の数。行列の最後尾に付き、並ぶこと20分でやっとチケットをゲットした。当初は最悪翌日の日付になるのかなと覚悟していたけど、13時30分開始の中央の席が空いていますとのこと。ちょっと拍子抜け。早速パンフを2部買い求めてから、昼食代わり?のビールを調達して10番シアター(小さい!)に向かった。入って唖然、場内はガラガラだぞ〜。おまけにオジサンとオバサンばっか(^_^;)あんなに一杯いた人々は皆“L”とか“床屋さん”を観に来たのだろうか?こっそり持ち込んだオールドファッションを齧りながら思った。

映画の内容はだって?マナー違反になるから、あえて詳しい内容は書かないけど、上映開始後5秒足らずでたちまち拓郎ワールドに曳き込まれたよ。後は笑いと涙、涙、ナミダ。。。そして、最後は2006年のつま恋コンサートの実写。オジサンは泣けて泣けてしょうがなかった。何のことはない、この映画はオジサンやオバサンへの応援歌であった。いや、それ以上に、“拓郎本人に対する熱き応援歌”でもあった。僕も最後は『洛陽』や『今日までそして明日から』を歌いながら、画面の拓郎に向かって祈った。「タクロー死ぬなよ。ガンバレなんて言わないよ。だから無理するな。そして生きてくれ」と。
 R−45。

          ―ma―


「土佐日記 VS ねんきん特別便」 2008/01/24

「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとて、するなり」。この書き出しで知られる「土佐日記」は平安時代半ばの成立だ。ご案内のとおり作者の紀貫之は女性のふりをして、土佐から京までの旅路と胸のうちをつづってみせた。

▼それまでは日記といえば男性が漢文で書く堅苦しいものだった。しかし貫之は女性の間に普及してきた平仮名で心のアヤを自在に表現してみたくなり、あえて女に化けたようだ。この作品が平仮名文化を花開かせるきっかけを作り、日本語はずっと豊かになった。今も平仮名には柔和で分かりやすい雰囲気が漂う。

▼「ねんきん特別便」なるネーミングも、そういう伝統の所産だろうか。宙に浮いた年金記録の持ち主とおぼしき人に社会保険庁が送り付ける書信だ。ところが、かみくだいて表してみたのは名前だけらしい。もらったはいいが、どんな記録が漏れているのかさっぱり見当がつかない。途方に暮れる人が全国にいる。

▼ヒントは何も記されていないし、問い合わせても教えてくれない。不正受給を防ぐためとはいっても、これではあんまりだ。社保庁は結局、70万通を送り直すという。「悔しいことが多いけれど、もう破り捨ててしまおう」と土佐日記の結びにある。特別便を受け取った人を、そんな気持ちにさせてはなるまい。 

     ※日経新聞01/24付コラム【春秋】より引用

「禁酒の日」 2008/01/16

死語になったといえば、ひからびた感じがする。歴史になったと考えれば、ゆかしい。そんな気にさせる言葉がいくつかある。例えば、きょうは「藪(やぶ)入り」。週休2日制が定着した現代の企業社会では使われない。意味を確認しておく。

▼「奉公人が正月および盆の16日前後に、主家から休暇をもらって親元などに帰ること。また、その日」(広辞苑)。サラリーマンが奉公人と呼ばれた時代、休みは年2回だけだった。それが藪入り。「母と寝て母を夢むる藪入りかな」(松瀬青々)。青々は大阪・船場商人の子。明治の奉公人の切なさを伝える。

▼やはり死語に近いが、きのうは「小正月」だった。「年はじめには多忙だった女がこの日年賀に出向く」(広辞苑)ので「女正月」とも。この言葉が生きていた時代、女性は1月半ばになってようやく一息つけたのだろう。「小正月そそのかされて酔ひにけり」(中村苑子)。大正生まれの苑子の解放感がわかる。

▼女正月の酔いをさますためではないが、暦によれば、きょうは「禁酒の日」でもある。1920年に米国で禁酒法が実施されたのにちなんだらしい。清教徒の考えだったようだが、禁酒法は13年しか続かなかった。法律で縛るのは困る。が、年末年始に酷使した肝臓を休ませてあげる時だろう。肝臓の藪入りか。 

     ※日経新聞01/16付コラム【春秋】より引用

「福 袋」 2008/01/07

身を乗り出して腕を伸ばす。手の先まで1本の棒になる。あと2センチ、もう1センチ……。指と指が重なり合ってジタバタと宙で踊る光景に、思わず笑い出す人もいる。現物の宝が目の先に見えているからこそ、多少の苦痛も楽しみに変わる。

▼日本列島が「福袋戦国時代」に突入したのは、バブル崩壊の後だ。東京銀座の百貨店には、徹夜組を含めて元旦に1万人の列ができた。泡と消えた夢の名残を求める人が多いのか。売れ残り品の処分の目的は薄れ、今はハズレなしの高額の福袋が主流。売値の何倍もする豪華な品々を詰め込んで夢を買ってもらう。

▼「100ドルの男」として一躍有名になったリチャード・アレンズ氏も、福袋をつかみ取る衝動に駆られたに違いない。年明け早々のニューヨーク市場で、原油先物を1バレル100ドルの大台で買った取引業者である。手を伸ばすだけでは届かず、思い切って飛びついたが、直後に値は下げた。600ドルほど損をしたらしい。

▼金融市場の歴史に名を刻む。とまではいかなくても、ちょっとした自慢話の種にはなろう。夢の対価だと思えば、それほど高い買い物ではない。正月気分を映した一幕の余興では終わるまい。開いた突破口に投機資金が殺到するか。福袋は開けた瞬間から胸の高鳴りが収まる。市場は開いてからもドキドキが続く。 

          ※日経新聞01/07付コラム【春秋】より引用

新年のごあいさつ

          新年明けましておめでとうございます。
          本年もよろしくお願い申し上げます。
                2008年  元旦

          斎藤恵美子税理士事務所

            所 長
            職員一同


Copyright (C) 2008 SAITO EMIKO Accounting Office All Rights Reserved. お問い合わせはm-e.saito-tao@tkcnf.or.jpまで