平野政吉は秋田市の資産家政吉の三代目である。秋田市で最初にオートバイや自動
車を乗り回したり、飛行機乗りになろうとし墜落したりしている。絵が好きで藤田
の絵を集め、千秋公園の下あった別宅庭園内に藤田を長期滞在させ、畳64枚分も
ある「秋田の行事」をかかせる。秋田県立美術館・財団法人「平野政吉美術館」を
開館し、藤田の作品は100点以上ある。

藤田嗣治(レオナルド・フジタ)は陸軍軍医総監の次男として生まれる。森鴎外の
助言で東京美術学校に入学する。パリに渡りエコール・ド・パリの代表的画家とし
て有名になる。裸婦の乳白色が絶賛を浴びる。ルノアール、ピカソ、モディリアニ
とも交流があり、パリでは美術界や社交界でも人気を集める。昭和9年平野政吉と
出会い、昭和12年に15日間で大壁画「秋田の行事」を完成させる。第二次世界
大戦に描いた戦争記録画の責任追及で日本を去りフランスに帰化。日本に一度も戻
ることなく異国で81年の生涯を閉じる。
平成18年4月7日に東京国立近代美術館に生誕120年藤田嗣治展を見てきまし
た。戦争画の迫力に驚きました。平野政吉美術館蔵が多かったのがうれしかった。

「平野政吉(世界のフジタに世界一巨大な絵を描かせた男)」渡部琴子(新潮社)
「藤田嗣治(異邦人の生涯)」近藤史人(講談社)
「2006生誕120年 藤田嗣治展」
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