横尾税理士事務所

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2009年度税制改正のゆくえ
ヨコオのカンガエ2008 10.15up
中小企業経営承継円滑化法を知ろう!


ヨコオのカンガエ2008 10.15up

 ヨコオのカンガエ2008は、今年に入ってから中小企業経営者とのふれあいの中で感じたことや自分自身の経営に対する想い、特に20代の方々に対するメッセージを思いのままに書き記したものです。
 もしかしたら、不快に思われるかもしれませんが、中小企業の発展を願って辛口の文章にしておりますので、何卒ご容赦ください。

 

人は自分の弱さを知った時に初めて強くなれる(H20.10.15)

 ヨコオのカンガエを久しぶりに書きました。
 地元の方々から「よく読んでいるよ!」とお言葉を頂戴しながらもしばらくサボってしまいました。申し訳ありません。
 今回のタイトルは、たまたま見ていたプロレス番組で試合に勝ったプロレスラーが負けたプロレスラーに対して言った言葉(マイクパフォーマンス)です。

 負けたプロレスラーは、以前から勝ったプロレスラーに対して挑戦的な言葉で挑発していました。ところが実際に試合をしてみると10分も経たずに負けてしまいました。
 普通のプロレスラーなら負けたプロレスラーに対して、「大口をたたいていた割には、たいしたことないな」といった趣旨の言葉を発しそうなものですが、「人は自分の弱さを知った時に初めて強くなれるのだ」と言ったのです。
 この言葉にはとても感動しました。
 その言葉の裏側には、もっと強くなってこい!というメッセージが込められていたのかもしれません。

 ひるがえって私たちはどうでしょう?
 怒られても何くそ!と思う方もいれば、凹んでしまう人もいます。私はどちらかと言えば後者の方ですが、立ち直るのは早いと思います。
 人は誰でも精神的にも肉体的にも弱い部分を持っているものです。
 すべての部分において強い人間などいないと思います。
 孫子の兵法に「敵を知り己を知らば百戦危うからず(敵を知り、自分を知ることができれば百回戦っても負けない)」という言葉もあります。
 あえて、孫子の兵法風に言えば、「相手の強さを知り、自分の弱さを知ることができれば、自分はもっと強くなれる」と言えるのではないでしょうか。

 そのためには、日頃から自分自身を見つめ直すことが大切なのではないかと思います。
 私も時々、自分という人間はどのような人間なのだろうか、どのような部分が強くて、どのような部分が弱いのかを考えています(弱い部分が多いのですが…)。
 
 四六時中強がる必要はありませんが、自分の弱さを知って、少しでも強くなれるようにしましょう。
 それは即ち、自分自身の成長につながるわけですから。

中小企業経営承継円滑化法(H20.9.20)

 10月1日から中小企業経営承継円滑化法(正式な法律名は「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」)が施行されます。

 総務省の「事業所・企業統計調査」によると、日本の中小企業数は会社数と個人事業主数を合わせて約420万社であり、日本全体の企業数に占める割合は99.7%となっており、また、中小企業の会社数は約149万社となっており、日本全体の会社数に占める割合は99.2%となっております。
 即ち、日本の経済は中小企業によって成り立っているといっても過言ではありません。

※ここでいう中小企業とは「中小企業基本法という法律に規定する中小企業」のため、一般的なイメージとは少しかけ離れているかもしれません。

 しかし、2004年から2006年にかけての開業率・廃業率を見ると、企業数ベースでの開業率が5.1%、廃業率が6.2%となっており、特に個人事業数については、開業率が4.8%、廃業率が6.6%という結果が出ていることから、開業(設立)したものの事業を継続することが非常に困難であることがうかがえます。
 さらに深刻な問題なのは、事業は上手く行っているのだが「後継者がいない(育てていない)」という事実です(税理士業界は特に深刻ですね)。
 そこで、国側としても経済の基盤を形成している中小企業について、代表者の死亡によって事業活動の継続に支障が極力出ないように、中小企業経営承継円滑化法を定めて、中小企業における経営承継の円滑化を図りつつ、中小企業に継続して事業を行ってもらえるようにしようとしているわけです。

 中小企業経営承継円滑化法の詳しい内容は、この「ヨコオのカンガエ2008」とは別に、「中小企業円滑化法を知ろう!」のコーナーを10月1日より立ち上げますので、そちらをご覧頂きたいと思います。

 また、当事務所では経営承継の予定者(現社長のご子息の方や後継者として既に指名されている方)向けに「経営承継セミナ〜待ったなし!!あなたの会社も避けては通れない!!〜」と題して、平成20年11月14日(金)にセミナーを行います。
 詳しくは、ホームページの「セミナー案内」のバナーをクリックしていただき、奮ってお申込み頂ければ嬉しく思います(ホームページからもお申し込みができます)。
 皆様にとって有意義な時間と実りある内容にできるよう、事務所全体で最大限の努力をしていまいります。宜しくお願い致します。

解散総選挙に突入か?(H20.9.2)

 昨日、突然、福田首相が辞任を表明しました。驚きました。
 思えば、前任の安部首相、今回の福田首相とそれぞれ1年間程度の短期政権だったわけです。
 その前の小泉首相の時が5年半でしたから、如何に短期間だったかがよく分かります。
 特に小泉首相の時は郵政民営化に象徴されるように「改革は善なり」という雰囲気があり、決してプラスの財産だけでなくマイナスの財産も残したと思いますから、後を引き継いだ安部首相や福田首相は、マイナスの部分を克服しつつプラスの部分をよりよくしていかなければなりませんでしたから、さぞかし困ったことと思います。
 さらに通常、景気が回復すれば連動して給料も上がっていくものですが、現状は給料については現状維持か減収、対して物価は上昇中のため、庶民の暮らしは決して楽ではなく困窮している事実は明白です。本来ならば暴動が起こっても不思議ではありません。
 また、改革、改革と声高に叫んでみても、資源がない日本で新たな景気回復策を考えてみても手詰まり感は否めません。

 毎年、この時期になると来年の税制改正の提案事項が各省庁から上がってくるのですが、大変申し訳ないのですが、相変わらずの対策だなと思います。特に住宅関連に関しては住宅ローン控除を5年間延長しましょうという提案がなされているようですが、それはそれでよいのですが、そもそも住宅を買える人はごく一部の富裕層に限られ、一般庶民にとってはもはや手の届かないものになるでしょう。

 中小企業対策もそうです。
 本業の立場から言わせてもらえば、「特殊支配同族会社」という概念は、中小企業は悪だと言っているようなものです。
 定期同額給与という概念も、確かに頻繁に改定することは利益操作につながりますから許されませんが、業績が悪化または赤字になると予想される場合の減額改定については、例えば1回までなら許す等、条件を緩和してもよいのではないでしょうか。
 そうしないと企業の健全な発展はあり得ませんし、会社に利益が残りません。
 中小企業は潰れてくださいと言っているようなものです。

 平成18年5月1日から施行された「会社法」では、それまで上場企業向けの法律から中小企業向けの法律に大幅改定されました。
 法律も生活の視点も中小企業、一般庶民の目線で考えて頂きたいものです。
 そのためには、今すぐ解散総選挙をしてもらった方が、選挙で投票する人は多くなると思いますけどね。
  

以心伝心の勘違い(H20.9.1)

 以心伝心=ことばや文字によらず、心から心へ考えを伝えること(三省堂国語辞典第四版より)

 友人、恋人同士、家族、旦那様と奥様等々、日常生活においては以心伝心ということは決してなく、ほとんどの場合は会話という手段を通して、相手のことを思いながら自分の考えや気持ちを伝えていることでしょう。
 
  以心伝心に似たような言葉では、「暗黙の了解」という言葉が思い浮かぶのですが、ビジネスにおいて多用しすぎると非常に危険だと思います。

 例えば、こういうことはありませんか?
「そんなことは、言わなくても分かっているだろう(分かるはずだ)」
 えてして、そういう言葉を使うのは、社長はもとより上司の立場の人も結構多いと思われます。
 その理由は、経験を積み重ねているため、いちいち言葉に出さなくても相手は分かっているだろうと勘違いしているからだと思います。
 部下はたまったものではありません。
 分からないものは分かりません。言葉に出して言ってもらわなければ分かりません。
 是非、部下の方は分からない時は「分かりません。」と堂々と言いましょう。教えてほしい時は「教えてください。」と堂々と言いましょう。

 また、恋人同士の場合はこういうことはないでしょうか?
 「(男性の場合)彼女は自分のことを好きなはずだ」
 言葉でお互いの気持ちを確かめたのならば分かりますが、言葉を交わさずに相手の心を読み取れるならばその人は超能力者です。

 日常生活においては、以心伝心ということはあり得ません。
 自分の考えや思っていることを言葉に出して、かつ、相手にきっちり伝わることが大切だと思います。
 もっと大切なことは、相手の考えや意見に対して否定から入らないこと。
 いきなり「それは違う!間違っている!」と言われたら気持ち良くないですよね。
 「確かに、なるほど、一理ある、そういう考え方もありますねetc」相手に同調してから、「でもね…」と展開した方が、相手を認めることになります。

 心と心のつながりも大切ですが、言葉に出して自分の考えや気持ちが相手に伝わるようにしたいものですね。

良くないことは連続して起こるものです(H20.8.5)

  今年も後半戦、いえ、早いもので残り5ヵ月となってしまいましたが、皆様はここまで仕事や家庭、友人関係、恋人同士、夫婦間など人間関係はうまくいっていますか?
 私自身、仕事上の話だけで言うならば、年の初めはまずまずだったのですが、ここ最近はどうも人間関係がうまくいっていません。
 正直、少々精神的に参っているかなと思うくらいです。
 時々、誰にも会いたくない、誰とも話したくないと思えるくらいの精神的な辛さを味わっています。

 4月1日のヨコオのカンガエ、「リセットボタン」というタイトルの中で、「上手くいっているので、気を緩めないようにしたいと思います。まさかの坂に出くわすと思いますから」と書いたのですが、まさに今がその状態です。
 とある書籍を読んでみると、どうも私は、今年は12年に一度の最悪の年らしく、何もかもがうまくいかない年だそうです。
 健康状態もよろしくないそうです。
 総じて、辛抱の年だそうです。
 自分自身の力ではどうにもならないらしく、そういう宿命だそうです。
 
 「武士は食わねど高楊枝(やせがまんをすること)」ということばもありますが、我慢にも限界があります。
 記憶を失くすほど、お酒を飲みたいときもあります。
 誰かに悩みを聞いてほしいと思うときもあります。
 結局のところは、自分自身の至らなさから人間関係が円滑に進んでいないのですが、言い方は悪いですが、責任逃れをしたいと思うときもあります。
 毎日毎日が嫌になる時もあります。

 このように良くないことは、えてして立て続けに起こるものです。
 皆様にも恐らく生きているのが嫌になるほど良くないことが起こってきて、それを乗り越えて今を生きていらっしゃると思います。
 しかし、今まで生きてきた中で想像を超える精神的な辛さを味わっています。
 それはおそらく、サラリーマンのときはミスをやらかしても「組織が少しは助けてくれる」ということがあったからだと思いますが、フリーランスの場合は全て自分の責任ですし、金銭的な問題に発展した場合には一歩間違えたら破産です。
 困難を克服する強い心が欲しいものです。
 そのためには、どうしたらいいかをじっくり考えてみようと思います。

富士山が教えてくれるもの(H20.7.21)

  先週の土曜日、7月19日に富士山に登ってきました。
 五合目(標高約2,300メートル)から頂上(標高3,776メートル)まで、約8時間かけて登ったわけですが、私なりに今回の富士登山を通じて感じたことを述べたいと思います。

1.「目標設定することの大切さ」と「達成した後は、次の目標が待っている」

 五合目から六合目、そして七合目と歩を進め、頂上を見つめるたびに「頂上までまだまだだな」と感じました。しかし、それらを一歩一歩片付ければ自ずと次の目標設定ができると思います。これはビジネスでも同じではないでしょうか。
 即ち、現状に満足し、そこで妥協していてはいい仕事はできないということです。

2.目の前のことに真剣に立ち向かっていれば、必ず周りの人が手を差しのべてくれる。

 実際、九合目を過ぎて頂上までもう少しというところで、高山病がひどくなり「もうだめだ、やめようかな」と挫けそうになりました。
 しかし、同じ富士山の頂上を目指す周りの方々から「もう少しだから頑張ろう!」と幾度となく励まされました。
 私は、励ましてくれた方々に報いるため、頭痛と息苦しさと闘いながら最後まで登り切りました。
 今振り返ると、自分は仕事をする上で果たして必死になっているのか、目の前のことに真剣に立ち向かっているのか、考え直すいい切欠になったことは確かです。

3.誰もが周りの方々の助けを借りながら生きている(生かされている)。

 私もそうです。お客様があって事務所が成り立っていますし、お客様の業績が順調に伸びて頂かないと当事務所も伸びていきません。そういう意味では、当事務所はお客様によって生かされています。
 人間も同じではないでしょうか。
 決して自分一人では生きていけません。
 友人、彼女(彼氏)、旦那さま(奥様)、父親母親、子どもや孫など自分をとりまく人々が存在することによって生きていられることを今回の富士登山を通じて考えさせられました。

 いつかまた富士山に登りたいと思います。自分自身を振り返り、心の中を洗うために。

きちんとした食事をしていますか?〜日本人は日本人らしい食生活を送りましょう〜(H20.7.9)

 朝起きて朝食を、昼には昼食を、夜には夕食を…
 一日三食の食事、それも家族団欒が日本の世の中からなくなりつつあります。

 特に朝一番に大事な家族団欒の時間、即ち、朝食を家族一緒にとらない家庭が増えており、親が朝食をとらずに出勤するのも問題ですが、子どもが朝食を摂らない傾向が強くなっています。
 現に、文部科学省が発表している「子どもの食生活を取り巻く環境」では、小学生・中学生の男女それぞれに朝食の欠食状況の調査結果が示されており、朝食を毎日摂らない子どもは、小学生男子で15.5%、小学生女子で13.7%、中学生男子・女子が全く同じで19.2%にも上っています。つまり、中学生に至っては5人に1人が朝食を毎日摂っていない結果になります。
 また、朝食欠食が始まった時期は小学生頃からが4.6%、中学・高校生頃からが28.1%、高校卒業頃からが33.9%、20代になってからが33.4%となっており、既に小学生頃から朝食欠食が始まってしまっている現実をみることができます。
 さらに、「子どもは誰と朝食をとっているか」について、「両親と朝食をとっている」が昭和57年には39.3%あったものが、平成5年には27.4%まで落ち込んでいます。したがって、現在はもっと落ち込んでいることが予想されます。
 当該統計結果との直接の因果関係は分かりませんが、学校保健統計調査によると、昭和59年、平成6年、平成18年の定点調査で、段々と肥満傾向児が増加しています。

 これらの統計結果で全てを語ることは到底できませんが、皆様は最近次のような子どもが増えてきたと思いませんか?

1.落ち着きがなく、キレやすい児童・生徒が増えている
 授業中に騒がしく、先生の言うことも聞かず好き勝手し放題やっている。ちょっとしたことで「ムカつく」と言って腹を立てる。
 肝心の教諭(先生)も鉄拳制裁をすることができず、ストレス・ジレンマに陥る。
2.欧米スタイルの食事が(悪い意味で)定着している。
 パン、コーンフレーク、スナック菓子、ファーストフードなどなど。
 日本人の体は基本的に和食中心で受け付けるような構造になっているものと思われ、食の欧米化は、日本人の味覚を破壊するのに手っ取り早い方法と思われる。
3.偏食が要因の一部となっていると思われるが、アレルギー体質の子供が増えている。
4.家で食事を摂ることができず、コンビニ弁当で済ませている。

 その他、思い当たることは皆様それぞれにあると思いますが、決して子供のために健全な食料、食事、食生活が構築されているとは言えません。

 食料は大部分が輸入に頼らざるを得ない現状があり、食事は欧米化で野菜や魚中心ではなく肉食中心、そのために食生活が乱れる、日本人のためには少しもよくありません。
 きちんとした食事をとるということは、健全な精神を育み、自らの身体・生命を維持することにもつながります。

 普段どんなものを食べているのかを今一度考えた上で健全な食生活を送っていきましょう。

簡単にできる社会貢献〜献血のすすめ〜(H20.7.2)

 先月、6月27日の日曜日に生まれて初めて献血をしてきました。
 私は現在、社団法人柏青年会議所というところに所属しているのですが、公益事業の一環として献血を呼び掛ける運動の中で、「よし、今回は自分が献血をしよう」と思い立ったわけです。
 献血用の針を見た時に「こんなに太いのか」と思いましたが、刺さってしまえばあとは機械で血液を吸いますから、特になんてことはありません。

 私自身の両親は現在も健在ですので、輸血が必要になった時の状況というものは想定できないのですが、いざ、私の父親に緊急事態が起こって輸血が必要になった場合(父親と私は血液型が同じですが、母親とは違うので母親には輸血できません)、また、私自身に緊急事態が起こって輸血が必要になった場合に備えて献血をしたつもりです。
 また、私と同じ血液型の人で輸血を必要としている人が日本のどこかにいることを考えると「自分自身の血液も役に立っているのかな。それで一人の命が助かるのであれば嬉しいことだ」と思えるのです。

 献血運動を呼び掛ける中でびっくりしたことがあります。
 それは、日本人だけでなく外国の方も多かったということです。
 見た目の感じから、一人は中東近辺から日本にいらしたと思われる男性の方(家族連れだったので奥様が日本人かもしれません)、もう一人は韓国からの留学生と思われる男性の方でした。
 おそらく、国民性を推測すると日本人以上に人間相互の助け合いの精神が育まれているのではないかと思います。素晴らしいことです。
 また、カップルで献血会場にお見えになった方もいました(実際に献血をしようとしたのは彼氏さんの方でしたが、体重制限で引っ掛かってしまったようで献血できませんでした)。これもまた素晴らしいことです。

 献血なんて…と思っている方。恥ずかしいのはよく分かります。私もそうでした。
 しかし、よい行いをすれば、巡り巡って自分のもとに返ってくるものです。まさに「情けは人のためならず」です。

 自分が社会に役立つ方法、即ち、社会貢献の方法は様々ですが、まずは身近にあるものとして「献血」から始めてみませんか?私もこれから続けていきます。
 献血をすることで他人の命が助かるのなら、これほど素晴らしい社会貢献はないですよ!

批判をするなら代替案を提示したらどうですか?(H20.7.2)

 当事務所の所在地はJRの駅前ということもあり、毎日のように選挙関連の演説が行われています。
 特に最近は景気が後退してきたということもあり、税金に関する演説が多くなっています。

 先日は「消費税を無くしましょう」という内容の演説でした。
 私の正直な感想としては、税率を現状の4%+1%の5%を維持しましょうというのならば分かりますが、演説では「消費税は庶民から取りやすい税金だから廃止しましょう、また、アメリカに対する思いやり予算は許せない」という趣旨の演説でしたので、その意見には一部分について反対です。

 確かに国民にとって税金というものは見返りの無い負担ですから、一銭たりとも支払いたくないのが心情だと思います。また、最近の税制改正や租税に関する裁判例を見ていると、租税の公平という見地からは程遠いものとなっているため、許せない気持ちもよく分かります(たばこの税率アップは論外です。こればかりはいきすぎです)。
 しかし、税金が国庫に入らないということは、その分借金(国債)で資金を調達します。
 ますます国の財布は火の車です。
 「消費税を無くしましょう」と声高に叫べば、一般庶民の受けもいいでしょう。
 しかし、演説では、穴のあいた部分をどのように調達すれば消費税を無くしても国家の運営が上手くいくかについて一切ふれていませんでした。これでは、ただのひがみ根性です。
 さらに、「アメリカに対する思いやり予算を無くしましょう」という趣旨の発言ですが、確かに国庫からの支出額が尋常ではないので、その部分については見直す必要はあるでしょう。思いやり予算を無くしたら、我々若い世代は間違いなく徴兵制度によって軍隊に駆り出されるでしょう。なぜならば、国家には国防の義務というものが存在するからです。
 日本は、日本国憲法によって戦争の永久放棄を謳っている以上、他国に守ってもらうしかありません。思いやり予算を全くなくしたら、逆に我々に戦争に行けと言っているようなものです。

 かなり過激なことを書きましたが、今回の件に限らずビジネスにおいても他人の意見を素直に呑めないことも多々あるでしょう。批判をすることもあるでしょう。
 しかし、批判をすることだけなら誰でも出来ます。
 そこでもう一歩、代替案を提案することによって円滑な人間同士のコミュニケーションが図れるのではないでしょうか。

国、政府は庶民をどん底にたたき落とすつもりなのか?(H20.6.3)

  今回は現在の政治に対する批判について書きたいと思います。

 私も車が好きでよく運転をしますが、衆参ねじれ国会の影響で4月の1ヵ月間だけ、ガソリンの暫定税率期限切れの影響で消費者は一時的に救われたことと思います。
 しかし、ご存じのとおり、今月からガソリンの価格がさらに上がり、レギュラーガソリンでも1リットル170円、ハイオクガソリンに至ってはそれ以上という、消費者をそこまで苦しめるのかと思うほど、価格が急騰しています。

 先日、テリー伊藤さんがテレビで「このままだと、ガソリンは1リットル200円、いや300円くらいまでいくでしょう。ですから、国内の自動車メーカーにおいては早急に完全なるハイブリッドカー(完全にモーターだけの車)を開発してもらいたい」という趣旨のことをおっしゃっていました。
 全くその通りだと思います。
 ガソリンスタンドの経営者にとってはとても辛いと思いますが、今の自由民主党・公明党の連立与党である限り、ガソリンの価格は絶対に落ちないでしょう。
 ガソリンだけではありません。
 国民の猛反発を喰った「後期高齢者医療制度」も然りです。
 食料の値段も相対的に上昇しています。
 年金にいたっては、来年から受給者に対する国庫負担の割合が3分の1から2分の1に引き上げられます。
 そのため、その財源として消費税を充てこむ、即ち、消費税率のアップで対処しようという動きもあるのではないかと思われます。
 しかし、国の予算を決める、それは即ち「一般会計」の予算を決めているわけです。
 毎年毎年、80兆円くらいの枠の中で税収が50兆円、国債の新規発行が30兆円などという算段をしているわけです。借金が膨らんで大変だ大変だと言っているわけです。
 ところが、一般会計とは別に「特別会計」というものもあるのです。 
 言い方は下品ですが、一般庶民の感覚からすれば「隠し財産」、「へそくり」みたいなものです。それが全体で250兆円くらいあると言われております。
 子供じみた考え方かもしれませんが、250兆円のうちの20%くらいを一般会計に上納金のような形で差し出せば、増税をする必要はないのではないかと思います。

 政治家のみなさん、一般庶民の生活はもはや限界です。
 一歩間違えたら、全ての人が貧乏人になります。
 本当に日本をよくしたいのならば、庶民の生活をよく見て政治的判断をして下さい。

就職面接の合否は、履歴書の字が綺麗か否かで8割方決まってしまう(H20.6.3)

 最近、当事務所では更なる業務の拡大のために人員補強、即ち、正社員の求人募集に力を入れ始めています。
 ところが、正直なところ私の眼鏡にかなう方はなかなか現れません。

 求人募集のお電話を頂戴すると、始めに履歴書と中途採用の方は職務経歴書を郵送していただいております。
 実際にこれまで何人かの正社員希望の方と面接をさせて頂いてきて、私が受け付けなかった、即ち、落とした方には共通点があるように思えます。

 それは、履歴書の字が雑であるということです。
 字が上手である又は下手であるは天性のものかもしれませんので、字の下手な方を一概に全否定するつもりはありませんが、 少なくとも字が上手でないと思うのであれば、履歴書に字を書くときは慎重に、かつ、丁寧に書くべきです。

 あと、履歴書は「相手にご覧になっていただく」という視点で書くべきです。
 そのためには、字はとことん丁寧に綺麗に書くべきであり、もしも納得できない、相手が見たら不快に思うだろうと思うのならば、何回でも(何枚でも)書き直しをすべきです(私が就職面接に臨んだ時は、最初に履歴書に鉛筆で下書きをしてから清書しました)。

 さらに本当に真剣に就職面接に臨むのならば、これはあくまでも私の持論なので賛否両論あると思いますが、履歴書はボールペンではなく万年筆で書くべきです。
 ペン先が18金のようなものですと太さにバラつきがでますので、文具店で売っている安い物の方が、ペン先がしっかりしていて、かつ、極細の字が書け、字が綺麗に見えます。

 字が綺麗か否かで、就職面接の結果は8割方決まったようなものです。
 なぜならば、字を雑に書くということは、物事を投げやりにしていると思ってしまうからです。
 履歴書の字は、あなたの心を投影していると言っても過言ではありません。
 無事に仕事に就きたいのであれば、自分自身の能力を過信する前に字を綺麗に書くことから始めてみてはいかがでしょうか。
 
 当事務所のような業種は、8月に国家試験がある関係で9月入社の方も多いです。
 是非、国家試験を受験される方は、最後の追い込みをかけるとともに仕事先を探されている方においては、履歴書で人生を台無しにしないようにして頂きたいものです。

会社は銀行と同じ!運用利回り感覚が大切だ!(H20.5.30)

 H20.5.28のヨコオのカンガエ2008で「中小企業は、経営者が長時間労働をしないと儲からないようにできている」を書きましたが、中小企業が相対的に大企業に比べて儲からないのは、単なるブランド力の優劣だけではないと思います。
 中小企業の経営者は、大企業の経営者に比べて物欲がありすぎる、だから儲からないのだと思います。

 どういうことかと申しますと、企業の決算書に貸借対照表と損益計算書があります。
 一般的には、貸借対照表(バランスシート)は一定期日の財政状態を表し、損益計算書は一定期間の経営成績を表わすものと言われております。
 つまり、これら二つの書類で何が分かるかというと「どれだけお金をつぎ込んで、どれだけ利益が挙がったのか」が分かります。
 言い換えれば、会社というものは銀行と同じで、株主から資本金を出資してもらったり、借金をしたり(買掛金や未払金と言われるものも無利息の借金と同じです)してお金をかけ集め、そのかけ集めたお金を元手に「ひと、もの、金、時間、情報etc」を駆使して利益を挙げていく、即ち、運用するわけです。
 ちなみに運用利回りに相当する分析値として総資本経常利益率(ROA=Return on Assets)があり、経常利益を総資本(貸借対照表の「負債・純資産の部合計」のこと)で割った数値に100を掛けると、何パーセントという数値がはじき出せます。
 例えば、経常利益が2,000万円、総資本が1億円とすると、総資本経常利益率は「2,000万円÷1億円=0.2(20%)」となります。

 この原理原則に則れば、言うまでもなく「いかに少ないお金で多くの利益を挙げるか」が課題になるのは明白です。
 ところが中小企業の経営者は物欲がありすぎるのか、見栄を張るのが大好きなのか分かりませんが、貸借対照表(バランスシート)の金額は膨らむ一方なのに利益が全然挙がっていない、赤字の会社もあるわけです。
 これは何を表わすか…「会社を清算して現金化できるものは現金化し、弁済するものは弁済して、余った預貯金を銀行に預けて利息収入を得た方が儲かる。」ということになります。

 では運用利回りの悪い会社は何をすべきか…。
 簡単に言うなら「財務のリストラ」です。
 収益に貢献しない財産(ゴルフ会員権や遊休土地など)は売却して現金化して、弁済するものは弁済して、バランスシートをスリムにしないといけません。
 現物財産について、例えば自社ビルのような資産があれば、第三者に売却して賃貸に切り替えたり、仕事上、どうしても高価な物を使わなければならないのであれば、購入ではなくリースを検討することも考えながら、とことん軽装備にすることをお勧めします。バランスシートの金額をとことん小さくすることをお勧めします。

 物は、所有することよりも利用することの方が大切です。

中小企業の経営者たる者、生命保険に入るべし!(H20.5.29)

 中小企業経営者の皆さん、もしも自分が死んだら誰に迷惑を掛けるか考えたことはありますか?
 家族、従業員、得意先や仕入先、金融機関などなど・・・
 ご自身を取り巻く利害関係者がたくさんいます。

 私も会社勤めを辞めてから独立開業するまでの間に約2ヵ月半の無職・無収入期間があったのですが、なかなか寝付けない日が続きました。
 勿論、資金繰りを含めて、事業がうまくいかなかったらどうしようかという要素も多少なりともありましたが、それ以上に「自分が死んだら誰に対して迷惑を掛けることになるのか」が頭をよぎる日々が続きました。

 税理士事務所を開業してから3年半が経過し、現在の事務所に移ってから1年少々経過したわけですが、少額ですけれども自動車ローン以外でまともな借金をしました(私は独身なので、親に保証人になってもらいました)。
 その時点で親に対して、自分が死んだら借金を一括で弁済しなければならないというリスクを背負わせることになります。
 当然、金銭的なリスクヘッジのために生命保険に入りました。

 私の場合は少額ですが、中小企業のほとんどは借金をしていることでしょう。
 逆に無借金経営の方自体が少ないでしょう。
 何千万円、何億円と借金をしている方もいらっしゃるでしょう。
 しかし、資金繰りが苦しいからといって生命保険に加入しないのは考えものです。
 自分自身の給料を削ってでも適切な保障額の生命保険に加入すべきです。
 
 自分が死んだら誰が借金を弁済するのか考えたことはありますか?
 中小企業においては、たいていの場合、借金のカタに社長の自宅が担保になっているケースが多く見受けられます。
 社長が死んだら、金融機関等に抵当権を行使されて、自宅を差し押さえられて、競売にかけられて…遺族は無一文になるか破産します。一家離散です。

 悲しい結末にしたくなければ、生命保険に入るべきです。
 当事務所では、お客様に対して生命保険の指導(勧誘ではない)を行っており、「社長が仮に今死んだら、いったいいくらのお金が必要か」を借金の要返済総額や向こう半年若しくは一年間の固定費の確保額、運転資金の確保額、遺族への死亡退職金の支給額の要素を織り込んで数値化しています(必要保障額といいます)。
 数値化の結果が場合によっては5億円、10億円になることもあります。
 しかし、本当にそれが「社長が今死んだ時に必要なお金」なのです。

 5億円、10億円などというお金は預貯金では賄えません。
 だからこそ、金銭的なリスクをできるだけ安いコストで回避するのが生命保険というものなのです。
 
 中小企業経営者の皆さん、もしもこれから未来永劫会社を存続させたいならば、生命保険への加入を強く勧めます(是非とも顧問税理士に必要保障額をはじき出してもらってください。疎いようならば、顧問として付き合っている意味はないと思います)。
 一代限りで終わりにしようと思っている方は、明日から従業員さんの新しい就職先の斡旋、ご家族に残す財産の算段をつけておいてください。

コンプレックス(劣等感)が自分自身を強くする(H20.5.29)

 税理士という職業をやらせてもらっていますと、中小企業経営者とお会いする機会が多いわけですが、中には華麗なる学歴をお持ちの方もいらっしゃいます。

 そういう自分はどうか。
 因みに私は大学に行っていません。いけませんでした。
 理由は早く働きたかったからです。
 せめて、(3人兄弟で弟と妹がいます)下の2人には四年制大学へ行ってもらいたいと思ったからです。
 しかし、高校3年生の時に担任の先生に相談したところ、「最低でも専門学校は行っておいた方がいいぞ」と勧められたので、その後、自分自身で将来どのような仕事をしたいかを考え、専門学校への進学を決めました。
 ですから、今でもテレビ等で大学入試センター試験のニュースを見ても、何のために行っているのか分かりません。
 大学の講義の仕組みや「ゼミ」などという言葉の意味も分かりません。
 そもそも、何をもって一流大学、何をもって三流大学とするのか、概念が分かりません。

 仕事をするにあたっては、学歴なんてどうでもいいと言いますが、中には私が大学に行っていないことを告げると冷ややかな目で見る方もいます。仕事上で冷遇されたこともありました。
 「大学に行っていない=ろくに勉強もできなかった」とでも言いたいのでしょうか?

 しかし私は「大学に行っていない=ろくに勉強もできなかった(現にしませんでした)」ことを自分自身の弱み(コンプレックス=劣等感)にすることによって、努力することの大切さを身につけました。
 自分は落ちこぼれだ、まだまだ自分は上を目指せる、頑張ればもう一段上の自分になれる、そのためには努力することを惜しまない。
 日々の自分は、そういう気持ちで仕事をしています。

 自分自身が好きな言葉のひとつに「努力は人を裏切らない」があります。
 何かしらのコンプレックスをお持ちの皆さん。
 強みにすることは不可能かもしれませんが、今後の仕事や人生を歩んでいく上で「生きる糧」にはなると思います。
 決して不幸だと思わずに強く生きていきましょう!
 ましてや自分自身で命を絶つなんて・・・・自分勝手極まりないことです。

中小企業は、経営者が長時間労働をしないと儲からないようにできている(H20.5.28)

 中小企業を経営している皆さんは、1日何時間くらい働いていますか?
 従業員よりも後にのんびり出社して、定時になったらさっさと帰る。

 それが理想的ではありますし、就業時間中に従業員の誰よりも濃い仕事をして、然るべき粗利益がついてくるのであればそれに越したことはありません。
 しかし、自分自身の仮説として、中小企業が中小企業・零細企業のままでい続けてしまうのは、相対的に労働時間が大企業と比較して短いからだと思います。

 私が独立する直前にいた会社は、同時並行で7つ、8つの仕事をこなさなければならず、毎朝始発電車に乗って会社に向かい、帰りは最終電車で帰ってくるという生活を1年間送っていました。
 もちろん、最終的には肉体的にも精神的にも病んでしまい、退職せざるを得なかったのですが、その会社では1年間で3年分くらいの仕事をやったのではないかと思うくらいに働いたと自分では思っています。

 フリーランスとなり、自分で事務所を開業するようになり、ある程度お客様もついてくるようになり、まともな仕事をするようになってからは、会合等に参加するためにやむを得ず夜の早い時間帯に仕事を切り上げる場合を除いては、おおよそ平日一日あたり14時間くらいは働いていると思います。
 それでもまだまだ自分の働きは足りないと感じています。
 なぜならば、大企業にお勤めの方はもっともっと働いているからです。
 傍目から見ると「人生を会社に捧げるつもりなのか」と思うくらい働いています。

 それに比べて中小企業の経営者はどうか。
 もちろん不眠不休で働いている方、年中無休で働いている方もいらっしゃるでしょう。
 しかし、悪い意味で相対的に労働時間は大企業の比ではありません。
 
 最近では仕事と家庭のバランスを大切にするという、いわゆる「ワーク・ライフ・バランス」が叫ばれていますが、残念ながら中小企業の経営者たちにそれを求めるのは不可能と言わざるを得ないと思います。
 なぜならば、中小企業が健全に発展していくためには、経営者が従業員の数倍も働く、即ち、長時間労働をしなければならないからです。

 では、どのくらい働けばよいか。
 参考になる書籍としては、私も実際に著者にお会いしたことがあるのですが、ランチェスター経営の第一人者である、竹田陽一先生がお書きになった「小さな会社★儲けのルール(フォレスト出版、1,400円+税)」がお勧めです。

 その248ページに次のようなことが書かれています(年間100日程度の休日を前提としている)。
 人の3倍働くということは年間で3,200時間働くこと(1日あたり12時間→1日7時間×ルート3(=1.7320508…))、これで必勝型。
 人の4倍働くということは年間で3,700時間働くこと(1日あたり14時間→1日7時間×ルート4(=2))、これで圧勝型。
 人の5倍働くということは年間で4,140時間働くこと(1日あたり15〜16時間→1日7時間×ルート5(=2.23620679))、これで決死型。
 さらにこれを10年から15年間続けなさいと書いてあります。

 「歳が歳だから」などと言っている場合ではありません。
 それが中小企業の性(さが)なのかもしれません。
 「仕事が趣味です」と言えるくらいにならなければならないのかもしれません。

 事業で損をしたいなどと思っている社長さんはいないと思います。
 中小企業の現実と向かい合いながら日々の仕事をこなし、かつ、経営者の方におかれましては長時間労働を徹底して、会社の健全なる発展を目指していただきたいと思います。
 
 さらに経営者でご結婚されている方においては、経営者の奥様方に一言。
 ご主人が仕事で夜遅く帰宅しても、決して咎めないでいただきたいと思います。
 ご主人は血を吐く思いで仕事をしています。
 ご主人は家族を路頭に迷わせないため、家族を幸せにするために必死です。
 しかし仕事は戦争です。勝つか負けるかです。負けたら会社は倒産し、担保不動産も取り上げられ、生活の糧も失います。
 しかし、決して不幸だと思わないでください。

 長時間労働が成功への足掛かりになることは間違いないのですから…。

譲り合いの心が自分の器を大きくする(H20.5.26)

 今日のお昼は、JR東京駅の中にある「らーめん粋家(すいか)」でつけ麺を食べたのですが、その場面でのお話。

 昼食時になりますと人気のあるお店では行列ができます。
 そういうお店は賑やかでいいものですが、第三者の目で食事をしているお客様を見ていますと、日本人は譲り合いの心がなくて自己中心的な民族なのかなぁと思ってしまいます。
 お店に入るお客様は、一人でいらっしゃるお客様もいれば、二人以上の複数でいらっしゃるお客様もいます。
 複数でいらっしゃるお客様は隣同士の席で楽しみながら食事をしたいでしょう。
 しかし、人が一人座っているがために複数でいらっしゃるお客様よりも後から来た一人のお客様を先に通してしまう。これでは先に来た意味がありません。

 決してお店のスタッフを批判しているわけではありませんが、せめて例えば「申し訳ありませんが、お二人様をお通しするので、座席を左側(右側)にひとつだけずれていただけませんか?」のような一言はあってもいいと思います。
 そこでムッとするようでは、その人の器はそこまでです。そんなに器の大きい方ではないと思っていいでしょう。
 逆に、雰囲気を察知して席をずれてあげられる人は感受性が素晴らしく、人間としての器も大きいと見ていいでしょう。

 たかがそれだけのことで人間の器が分かってしまうのかと思われる方も多いでしょう。
 普段の何気ない行動や言動が人間の器を作るといっても過言ではないと思います。
 特に相手に配慮した(迎合ではありません)譲り合いの心を持てる人間は、自然と器の大きい人間になるのではないかと思います。

 誰も見てはしないから、多少ずるいことやったっていいじゃないかと思っている方。
 会社の社長や上司、同僚、部下の目は確かに届いていないと思いますが、誰かが見ていますし、後で必ずボロが出ます。

 人間として大成したいならば、譲り合う心や相手のことを思いやる心を持って、自分自身の器を少しずつ大きくしていきましょう。

褒めるときは皆の前で、叱るときは一対一で(H20.5.21)

 皆さんは社長や上司に褒められる時が多いですか?それとも叱られる時が多いですか?
 人間誰しも叱られるよりも褒められる時の方が気持ちのいいものです。
 しかしながら、私自身もそうですが経営者や上司で褒め方、叱り方の上手な方はなかなかいないものです。

 私自身の従業員に対する教育の基本方針は、昨年のヨコオのカンガエでも書きましたが、山本五十六の残した名言、「やってみせ 言って聞かせて させてみせ 褒めてやらねば 人は動かじ」の言葉のとおり、褒めて伸ばすやり方をとっています。

 かと言って叱らないわけではありません。
 叱るというよりも諭すと言った方がよいかもしれません。
 例えば、お客様がお帰りになる時に入口まで見送りに来なかった場合には、「お客様がお帰りになる時は、きちんと入口まで見送りに来なさい」ということを落ち着いた口調で話すのです。
 その方が、怒鳴るような叱り方をするよりも相手の心に響き、同じ過ちをしてはいけないということを認識できると思います。

 しかしながら中小企業の経営者を見ていますと、褒めると相手がつけ上がるとでも思っているのでしょうか、従業員や部下を褒めるようなことはほとんどせず、逆に他の従業員の前で、あたかもつるし上げるように一人の従業員に対して怒鳴り散らしているケースが多々見受けられます。
 これでは相手はたまったものではありません。
 怒鳴られている本人のプライドはズタズタです。
 予め、特定の幹部社員一人に対して「他の社員達の士気を高めるために君を叱る。決して君の人格を否定するものではないから。」とでも言うのならば話は別です。

 中小企業の経営者は叱り方を知っている人が少ないのでしょう、怒鳴っているうちに理性を失って相手の人格まで否定するようなことを言ってしまうのです。
 もしも刃傷沙汰になったらどうするつもりなのでしょうか?

 従業員を叱るときは、別室にでも呼び出して一対一で叱り、かつ、叱られている従業員に精神的な逃げ道を作ってあげる。逆に褒めるときは皆の前で褒め、他の従業員も「ああすれば褒めてもらえるんだ、頑張ろう!」と思える雰囲気を作る。
 それが経営者が身につけるべき褒め方、叱り方なのだろうと考えています。

時間は有限で大変貴重な資源です(H20.4.23)

 会議をするとき、デートで相手を待ち合わせする時など、あなたは時間を守れていますか?
 ヨコオのカンガエでは主にビジネスに関連する事柄を書いているので、ここでは会議やミーティングと言われているときのことを書きます。
 
 私は正直なところ会議やミーティングの類は好きではありません。
 なぜならば、次のようなことがあるからです。

1.メンバーが時間どおりに揃わず、会議やミーティングを始められない。
2.議題が決まっていない。仮に決まっていたとしても事前に参加者の意見を吸い上げていない。したがって、余計な時間を消費している。
3.意見を言う人と言わない人がはっきりしている(意見を述べない方は何のために参加しているのでしょうか?)。

 特に上記1.については、時間を守れない方が多いのは嘆かわしいと思います。
 私が所属しているとある組織で会議を開く場合は、メンバーの3分の2以上の参加がないと開けないことになっています。
 ということで、会議の開始時間に定足数を欠けないように、いえ、全員が出席できるようにするため開始直前まで出席していないメンバーに連絡を取っています。それくらい時間に対して厳しいマインドを持っています。

 ご自身が仮に開始時間に遅れたならばどういうことになるか。
 議長が進行状況を始めから話さなければならないことになります。
 時間の無駄です。
 しかしながら遅れた本人は、他人の時間を奪っている自覚がありません。
 そういう場合には、会議そのものに参加させないか若しくは参加を許されたとしても反対意見を述べられないようにする、即ち、議事の内容について白紙委任させるくらいの厳しさが必要であると感じています。

 中小企業が大きくなれない、成長できない理由の一つに時間に対する厳しさがない、簡単にいえば時間にルーズであることが挙げられると思います。
 以前のヨコオのカンガエでも書きましたが、1日24時間は金持ちでも貧乏人でも公平です。時間の大切さを今一度認識しましょう。

リセットボタン(H20.4.1)

 今日から4月です。
 一般企業では3月決算法人が多いことから、今日から新しい事業年度という会社が多いのではないでしょうか。
 1年間苦しみながら、もがきながら、社長や上司、お客様に叱責、叱咤激励されながら過ごしてきたと思いますが、3月決算法人の場合は3月31日をもってリセットボタンが押され、4月1日から売上も原価も経費も利益もゼロの状態からスタートします。
 リセットボタンが押される前に、それぞれの企業では新しい事業年度の目標や数値計画が設定されていると思われます。新たな気持ちで頑張っていきましょう。
 
  当事務所は個人事業のため12月31日が決算日ですが、毎年、経営計画・利益計画を策定しています。
  ということは、3月31日をもって第一四半期が終了したということになります。
幸いなことに、今のところはお客様のお陰で予定していた売上数値や利益数値をクリアしておりますが、これから先、何が起こるかわかりませんから気を引き締めていきたいと思います。「まさかの坂」に必ず出くわすと思われますから…。

  今日から新社会人として働く方も多いと思います。新社会人に一言。
  学生時代のように甘い生活は二度とないことを肝に銘じてください。
  夏休みや冬休みは学生時代ほど多くありません。
  学生時代のように誰も「勉強しろ」とはいいません。
  人生は自分自身で切り拓く気持ちや仕事に対する使命感、勉強して勉強して勉強する気持ちがないとこれからの社会人人生はやっていけません。
  学生時代の気持ちにリセットボタンを押して、新たな気持ちでこれからを生きていきましょう。

  また、楽しい仕事に当たる確率は低いです。自分が希望していた部署に配属されないケースがほとんどでしょう。そこで落ち込んだら、あなたの負けです。
  今後の人生に必ず役に立つことがあるはずです。まずは、素直な気持ちで空虚な気持ちで受け入れてみましょう。
  さらに、嫌な上司などに出会い、人間関係で悩むこともあるでしょう。そこでいちいち怒ったりしていては、あなたの身が持ちません。そのときは「そういう生き方をしてきたのだな。かわいそうに。」と思っておけばいいです。
  人生の節目のとき、嫌なことを忘れたいとき等、良いタイミングでリセットボタンを押せる人間になりましょう。

第二の人生・・・決断のとき、しかし時は確実に流れている(H20.3.31)

 先日、ピッツバーグ・パイレーツの桑田真澄投手が現役引退を表明しました。
 プロ生活お疲れ様でした。今はゆっくり体を休めてください。
 と皆様は言うと思いますけれども、当の本人はこれからやるべきこと、やりたいことがたくさんあり過ぎて、気の休まる暇もないのかもしれません。

 今回の桑田投手の件といい、2006年、サッカーのドイツワールドカップ終了後に突如現役を引退された中田英寿さんといい、一つのことを一生懸命やり遂げて一線を退く姿は勇ましく、格好よく映りますね。

 私が最初に勤めた税理士事務所では20歳から30歳までの10年間居りましたが、30歳で退職しようと決めたとき、この退職は私自身にとってサラリーマンでいうところの定年退職だと、そして、もっと自分を高めるために他の会社に移籍すると自分に言い聞かせました(結局のところ、移った先の会社では1年間しか居ることができませんでしたが・・・)。
 現在はフリーランスとして、税理士の資格を生かして仕事をしておりますが、11年間のサラリーマン生活に悔いはありませんし、今の生活が自分には合っているなと感じています。そういった意味では、私自身も第二の人生、いや第三の人生を生きているのかもしれません。

 言いたいことは2つです。
 1つは、人間誰しも人生の決断をしなければならない時があるということです。
 結婚を決意するとき、転職を決意するとき、その他様々あるでしょう。
 その時に人生が変わる。第二の人生、第三の人生が始まるということです。
 もう1つは、会社という組織の中だけの話に限定しますが、仮に自分が居なくなっても後釜は確実に育っているという事実です。つまり、次のヒーローやヒロインは自分のすぐ近くにいるということです。
 桑田投手が引退しても松坂大輔投手がメジャーリーグに移籍してもダルビッシュ有投手(北海道日本ハムファイターズ)や田中将大投手(東北楽天ゴールデンイーグルス)のように次世代のヒーローが必ず現れるのです。
 その流れは、イチロー選手や松井秀喜選手がいつの日か現役を引退される時の状況でも同じでしょう。

 あなたのそばには、必ず次世代のヒーローやヒロインはいます。必ずいます。
 この文章を読んでいる、特に20代の若者たちよ!
 次世代のヒーロー、ヒロインはあなたかもしれませんよ!いや、あなたです!

株式は支配されても人生まで支配されるな(H20.3.25)

 中小企業の多くは社長が筆頭株主、即ち、オーナー会社が多いです。
 しかし、訳ありな会社も多いです。
 例えば、法的には社長自らが出資して作った会社なのだが、実際は第三者からお金を借りて設立した会社などです。
 そういう会社は、他人のお金で作った会社ですから、社長自らの会社ではありません。会社に対する思い入れもオーナー会社と比較して若干薄い傾向にあります。
 だからというわけではありませんが、決断力のない社長がいる傾向も多く見受けられます。

 例えば、ひとつの提案とってみても通常ならば、「検討します」や「熟慮期間を頂きたい」と言うのならば分かりますが、「〜さんに聞いてみないと分からない」とおっしゃる社長も多いです(私は、このような社長のことを傀儡(かいらい)社長と言っています)。
 相手にしてみれば「なぜ自分で決断できないのか」と思うでしょう。
 
 自分一人で会社を営んでいるならばいいでしょう。
 しかし、一人でも従業員を雇っているならば、社長の考えや決断にブレがあると、従業員に対して不安を与えることになります。
 働いている従業員も「この会社で働いていていいのか」と感じてしまいます。
 一経営者である私の目には「この社長の背後には操っている人がいるのではないか、人生自体を支配している人がいるのではないか」と感じます。

 上場会社の子会社の社長でも、会社の運営に関する最終決定は社長が決めています。
 中小企業の社長になぜそれができないのか、不思議でなりません。
 私が世の中を知らないのかもしれません。

 会社は株主のものかもしれませんが、あなたの人生はあなたのものです。
 誰に支配されるものでもありません。

 支配されたならば、それは人間ではなく奴隷です。
 奴隷に豊かな人生などありません。
 本当に社長が社長として地に足をつけたいならば、株式は支配されても人生まで支配されない強い気持ちを持つことです。

中小企業では社長の代わりになる人はいない。だから、後継者づくりは急務!(H20.3.19)

 先日、サッカーJリーグの浦和レッドダイヤモンズ(以下「浦和レッズ」という)のホルガー・オジェック監督が突如解任され、コーチのゲルト・エンゲルス氏が新しい監督となりました。
 オジェック前監督の解任の要因は多々ありますが、前年度にAFCチャンピオンズリーグを制覇し、FIFAクラブワールドカップで3位、つまり、世界第3位のクラブに育て上げたにもかかわらず、肝心のJリーグでは鹿島アントラーズに優勝をさらわれたり、選手とのコミュニケーションが円滑でなかったり、監督としての戦略や戦術がなかったりと様々な新聞報道等がなされているようです。
 
  私はふと思いました。この出来事を企業に置き換えたらどうなるだろうかと。
 オジェック前監督が「社長」、浦和レッズの選手たちが「従業員」、浦和レッズのクラブ幹部が「株主」の関係になるのではないでしょうか。

 会社(株式会社)の基本的な仕組みは、不特定多数の株主から出資を募り、株主総会において取締役を選任し、取締役会の中で社長、つまり、代表取締役を選任します。
 つまり、中小企業でない大会社(上場会社)においては、株主の意向が中小企業よりも顕著に反映されますので、社長が不甲斐ないのであれば、株主が社長をすぐに解任(クビ)することもできます。下品な言い方をすれば、社長の代わりはいくらでもいるのです。
 
 ところが中小企業においては、株主は社長1人という会社も多いです。
 したがって、従業員が「あの社長の下で働くのが嫌だ」といって、株主に社長解任の要請をしたとしても株主が社長本人ですから、社長を解任することは不可能です。
 ということで、結局泣きをみるのは従業員側であり、従業員は転職を余儀なくされるケースも多いのではないでしょうか。

 中小企業の社長さん!あなたの会社に社長の代わりになる人はいません。
 「うちの会社にはいるよ!」と答えた社長さん、では、一歩引いて後継者に全てを任せて、会社の経営に一切口出しをしない自信はありますか?
  後継者が会社の経営に悩んでいて、相談に乗ってきたときだけ対応することはできますか?
 たいていの社長さんはそんなことできないと思います。なぜならば、「居場所がなくなるのが怖いから」です。

 中小企業とはそんなものです。だから、中小企業には社長の代わりになる人はいないのです。ですから、会社を永続させるために後継者づくりは社長の大切な仕事なのです。社長に万一のことがあったら会社は終わりです。
 焦りは禁物ですが、グズグズしている暇はないと思います。

お金は失くしても構わないが、友達・仲間・同志を失くしてはならない(H20.3.17)

  私は今年で事務所開業4年目を迎えますが、昨年、私と同じように事務所の開業歴が比較的浅い税理士の先生方に声を掛け、税務や法務、会計に関する知識の向上もさることながら事務所の経営基盤の強化と構築を主たる目的とした勉強会を組成しました。

 ところが先日、メンバーの一人から勉強会を脱会したい旨の連絡を電子メールで頂戴しました。
 その電子メールには、脱会に至るまでの経緯や事務所の経営で思い悩んでいたことが切々と綴られていました。
 当然、その内容は瞬く間に他のメンバーに知れ渡ることとなり(電子メールの送信の相手先がメンバー全員であったためです)、すぐに相互に連絡を取り合いました。
  そのやり取りの中での共通した認識が、「あの時、もう少し声を掛けてあげていれば…。」といった精神的に力になれなかったことの後悔の念や自分自身の非力さを恨む声でした。

 当然の如く、私も同じことを思いました。
 脱会に至るまで私を含め、他のメンバーに対して何回もSOSを発信していた、しかしそれに応えてくれなかった、だから脱会を決意した。
 論理は簡単です。
 なんて自分は自己中心的な人間なのだろうかと、器の小さい人間なのだろうかと思いました。
 他のメンバーも同じ気持ちだろうと思います。

 確かにいつの時代でも出会いがあり別れもあり、出会いと別れを繰り返しながら人間は成長していくものだと思います。
 しかしながら、別れは好き好んでしたくはないですし、別れることや失うということが如何に恐ろしいことか、怖いことか、悲しいことか、悔しいことか、惜しいことかを認識しなければいけないと感じました。

 お金を失ったときは、その分一生懸命働いて稼げばいいでしょう。
 しかし、友達や仲間、同志を失うことは、お金を失うこととはわけが違い、一旦失ったらよほどのことがない限り戻らないのです。
 皆さんは、自分の周りをとりまく友達や仲間、そして志を同じくする同志を大切にしていますか?

 お金は失くしてもいい、しかし、友達や仲間、同志を決して失くしてはいけません。

会社が儲かったら従業員の働きに感謝、赤字なら経営者の責任(H20.3.7)

  只今、当事務所のみならず税理士事務所は所得税の確定申告時期で多忙な毎日を過ごしているわけですが、先日、たまたま早く仕事を切り上げることができる日があり、久しぶりにテレビをつけましたら、作家の村上龍さんとタレントの小池栄子さんが司会を務める「カンブリア宮殿」を見ることができました。

 皆様ご存知のとおり、カンブリア宮殿は主に様々な業界や業種の経営者の方々がゲストとして登場し、経営に対する姿勢や人との接し方などを語る番組ですが、私は経営者のみならず社会人として勉強するには最適の教材のひとつだと思っています。

 さて、私が見たときは、伊藤忠商事株式会社、取締役会長の丹羽宇一郎さんがゲストとして登場されていました。
 番組の始めから見たわけではありませんので、内容を一部しか把握していないのですが、4,000億円の特別損失処理のお話や会長自らの給料をゼロにしたお話など非常にドラスティックなお話でした。

 私が率直に感じたことは、丹羽会長の人間としての大きさもさることながら、決断力の素晴らしさ(という表現も幼稚なくらいですが)だと思います。
 
 当然のことながら、4,000億円もの特別損失を計上するということは株主に対して、その分に見合う配当金が行き渡らないということです(確か無配当だったのではないでしょうか)。株主の反発は必至だったでしょう。
 しかし、丹羽会長は「現状から目を反らさず、逃げず、問題を先送りにしない」、そして経営者として然るべき責任を明らかにしたのだと思います。ですから、給料も思い切ってゼロにできたのだと思います。

 普通の人なら給料をある程度減額できたとしてもゼロにはできないものです。
 丹羽会長の決断は、現在の従業員の雇用を守るとともに責任はまず経営者トップからとるべきだということのお手本を示してくれたと思います。
 中小企業の経営者に丹羽会長のような決断をできる方はどのくらいいるでしょうか?
 従業員には雀の涙くらいしか給料を払っていないにもかかわらず、社長だけ尋常ではない金額の給料を貰っている方も少なくないと思います(そういう方は従業員よりも早く出社し、一番最後に帰るくらいの心構えが必要です)。

 儲かったときには社員に感謝、赤字のときは経営者が最初に血を流すことが必要です。 

倫理観と哲学と利他心の無い人は経営者をやってはならない(H20.3.3)

 皆様は「経営者(社長と置き換えてもよいでしょう)」の条件を問われたらどのようにお答えになりますか?

 仕事ができる、人間として魅力的だ、仕事とプライベートの切り替えが上手である等々様々あるでしょう。
 勿論、それらの条件も併せ持った上で、さらに必要な条件として倫理観と哲学と利他心が挙げられると思います。

 はじめに「倫理観」ですが、一般常識(社会通念)に照らして、やってよいことや言ってよいこと、やってはいけないことや言ってはいけないことの分別が身についているということだと思います。
 法律に規定していないからといって、なりふり構わずやってもいけませんし、逆に法律では禁じられていても日本人の誰から見ても心情的に許せてしまうこともあると思います(許してもらうためには裁判で裁判官の審判を仰ぐ必要はありますが・・・)。
 私が仕事させていただいている「税理士」という職業は、主として税金というお金に関する分野を扱っておりますので、人間の本質的な部分を垣間見ることが非常に多いのが実情です。
 
 善良な納税者の方は、ある程度節税はしつつも、納税額という結果をしっかり受け止めていらっしゃる方が多いです。
 逆に悪質な納税者の方は、いわゆる「税法の世界のブラックゾーンをホワイトにしろ」と仰ったり、「そこまでして税金払いたくないの?」と思うような言動や行動をされる傾向にあると思われます(脱税は1円たりとも許しませんが、節税は程よい範囲でご協力します。しかし、行き過ぎはよくありません)。

 次に「哲学」ですが、経営者自身が自分自身の生き方を持っているということだと思います。
 経営者に哲学がなければ、自社を何のために経営しているのか、自社の存在価値はどこにあるのか、従業員たちが仕事を通じてどのような人生を歩んでもらいたいのか等、経営理念が確立できません。
 従業員として働いている方々は、1日24時間のうちのほとんどを「会社」という空間の中で過ごしています。積み重ねると、人生のうちのほとんどを「会社で働いている」ということに費やしていることになります。
 即ち、経営者に哲学がなければ、従業員は不安になり「この会社でずっと働くべきか」ということに迷いが生じることになり、単にお金のために働いているだけとなってしまい、かつ、愛社精神の欠如に結びつき、組織の崩壊につながりかねません。

 その次に「利他心」ですが、文字の通り「他人の利益に資する」こと、即ち、相手が喜んでもらえるような仕事なり言動なり行動をすることが必要だと思います。
 皆様は誰のために仕事をしているのでしょうか?

 最終的には自分自身のために仕事をしていることになりますが、始めから自分ありきの考え方には疑問がありますし、嫌悪感があります。
 かといって、「私はあなたのために仕事をしているのですよ」と言う必要はないでしょう。自然な言動や行動、相手に対する気遣いや思いやりがあれば自然と利他心が培われると思います。
 逆に「私は、私と自社のために仕事をしているのであって、あなたのために仕事をしているのではない」と仰る方もいますが、そのような言葉も言うべきではありません。
 せっかく、相手方は自分自身のために、自分自身に喜んでいただこうと仕事をしているのですから(たいていの場合はですが・・・)、そこで暴言まがいのことを浴びせてしまっては相手の自尊心を傷つける結果になりますし、気持ちよく仕事ができなくなりますし、信頼関係の崩壊につながるでしょう(私自身は、正直な気持ちとして、そのような方と仕事をしたくありませんね)。
 
 倫理観と哲学と利他心、経営者に求められる条件のハードルはとてつもなく高いでしょう。
 本当の意味で経営者と従業員が会社という空間の中で時間を共有し、同じ目標に向って歩めている会社はまだまだ少ないのが現状です。私も勿論その中の一人です。

 倫理観と哲学と利他心を身につけるためには、自分にとって尊敬できる方と付き合うのが近道とも考えています。
 幸いなことに私は現在、社団法人柏青年会議所という組織の一員として、同年代の尊敬できる方々とお付き合いさせていただいております。

 一歩一歩着実に、本当の意味での経営者になれるよう精進したいと思います。

苦労は買ってでもしろではなく、苦労を苦労と思うから苦労する(H20.2.15)

 私は今年、年男なのですが、最近は仕事上で20代の方々と接する機会が多くなってきました。
 
 私は普段から、彼らに「20代のうちに勉強をしておかないと、30代になって苦労するよ!」と言っています。当事務所の従業員にも言っています。
 なぜならば、勉強など、自分自身への投資を本格的にできるのは20代のうちだけだからです。
 30代になると(最近は晩婚化が進んでいますので一概には言えませんが)仕事と家庭の両立が益々重要になり、勉強等を含めた自分自身への投資時間が格段に減るからです。
 それ以上に重要なことは、20代のうちに何かの気づき、例えば「このままではいけない、30歳になるまでに何とかせねば、誇りを持てずに無駄な人生を過ごしてしまいそうだ。」と思う気持ちとそのための行動と実践がなければ、気付いた方とそうでない方との間には、30代になったときに取り返しのつかない程の能力等の差がつくことが明確になるからです。
 30代になって気付いたのでは遅いのです。できれば、20代の前半から遅くとも中盤までが望ましいでしょう。

 私自身も学生を卒業し、就職をし、最初の3年間は無駄な時間を過ごしてしまいました。しかし、24歳のときに「このままでは何らかの誇りを持てずに30代を迎えてしまう。何とかせねば」と思い、税理士試験に挑戦し始めました。1996年(平成8年)のときです。
 そして、2002年の日韓ワールドカップの年までに税理士試験をパスする目標を掲げました(結果として目標達成は1年遅れましたが・・・)。そのために勉強も仕事も一所懸命しました。遊びたい気持ちも異性とのお付き合いも封印しました。

 この文章をご覧になっている、特に20代の方々に言いたいことがあります。
 私のように「何かを封印して下さい」というつもりは全くありません。むしろ、両立できれば一番いいでしょう。
 しかし、充実した人生を過ごすためには、時に大きな犠牲を払わなければならないこともあるのです。苦労を買ってでもしろというのではなく、苦労に飛び込んでみればいいのです。他人から「苦労しているな」と思われていても、本人は至って楽しんでいるケースは多いものです。
 「好きこそものの上手なれ(好きな物ほどうまくできるようになるという意味)」、これが苦労はするけど苦労をしておいてよかったと思える人生ではないでしょうか。

追伸:初詣等で10円のお賽銭を入れることには、10(じゅう)は9(く=苦)の次の数字であるため、「苦を越える=苦を乗り越える」の意味があるそうです。
因みに私は初詣で30円のお賽銭を入れました。苦を3つ、つまり3重苦(ひと、もの、かねの3つに関する苦労)を乗り越える祈りを込めたかったからです。

自分の欲望に素直になれ(H20.2.12)

 さて、本日のヨコオのカンガエ2008ですが、「自分の欲望に素直になれ」ということでお話しします。
 
 サラリーマンであろうとフリーランスであろうと男だろうと女だろうと若かろうと年輩だろうと皆さんそれぞれに欲望や夢、目標といったものをお持ちのことと思います。
 いい服を着たい、おしゃれをしたい、いい車に乗りたい、お金持ちになりたい、いい男(女)と付き合いたい等々、数えれば切がありません。
 決して損得勘定や他人を蹴落としてまで叶えようとすることは宜しくないの