戦経レポート
“リード魂”を受け継ぐ専門家集団が実践するビジネスモデル
関東一帯を商圏に打楽器レンタル業という希少なビジネスを展開する株式会社エーピーアイ。
吹奏楽界の世界的カリスマであるアルフレッド・リード氏の日本におけるマネジメントを手掛けたことでも有名な青山均社長の経営に対する考え方と具体的戦略について取材した。
20世紀を代表する音楽家の1人と言われるアルフレッド・リード氏(2005年没)の日本エージェントとして長らく活動した経歴のあるエーピーアイの青山均社長。1988年にはリード氏のジャパンツアー(演奏会)を90都市で開催、全国のリードファンを狂喜させた。
そうしたリード氏直伝の音楽魂を継承し、その深い音楽性を伝えていく目的で89年にスタートしたのが「A・リード音の輪コンサート」。その第2回目にクラリネット奏者として参加したのが、当時大学生だった金成祐行税理士(税理士法人かなり&パートナーズ)である。金成氏は言う。
「私がまだ税理士を志すはるか前のことです。リード先生といえば、われわれの神様であり、世界の吹奏楽界のスーパースター。その指揮のもとで演奏ができるということで、勇んで応募しました」
その後、金成氏は税理士となり、エーピーアイの顧問税理士、そして会計参与※を務めることになるが、それは後述する。
※会計参与…2006年5月施行の会社法で新設された役員制度で、取締役または執行役とともに貸借対照表や事業報告書などを作成したり、その書類を別に保管し、それを株主や債権者へ開示する職務をもつ機関
倉庫にはティンパニーなど打楽器が満載
さて、音の輪コンサートの主催者として回を重ねるうちに、「会社としてもいろんな可能性が広がっていった」と青山社長は言う。リード氏ばかりではなく、やはり世界的に著名なジェイムズ・バーンズ氏(作曲家・指揮者)とのつながりもでき、そのエージェントにもなる。小さな音楽事務所が米国のレジェンド級の音楽家2名の日本でのマネジメントをこなした実績は、エーピーアイの会社としての信用力を大いに高めた。
そうした流れのなかで、2001年にスタートしたのが打楽器レンタルビジネス。この事業がその後のエーピーアイの主力となっていく。青山社長が述懐する。
「打楽器レンタルは、自然発生的に始まりました。当社の取締役でもある指揮者の伊藤透先生※2の楽団用に当社が所有する打楽器を、”貸してくれないか“という知人のアマチュア吹奏楽団からの依頼がきっかけです。ティンパニーなどの打楽器は値段も高くかさばるので、持っている楽団は少なく、たとえ持っていたとしても移動が大変。そうしたニーズに対応していくうちに、次第に事業としてのボリュームが大きくなってきたのです」
ビジネスになると直感してからの青山社長の打ち手は早かった。ニーズの大きい打楽器を楽器店から順次仕入れていき、輸送用のトラックも毎年1台ずつ増やした。また、仕入れるのは回転の見込める「定番」のものに限り、プロ用の最高級品は避けて、「中の上」クラスの楽器に絞った。
前出の金成会計参与が説明する。「プロの楽団は最高級品を持っていて、レンタルニーズはありません。そのため、アマチュアの上級クラスが演奏して満足のいく音が出るものを仕入れ、提供することで、潜在ニーズを掘り起こしていったわけです」
※2伊藤透氏…東京藝術大学音楽学部卒業。学校法人尚美学園専任講師、ジャパン・スーパー・バンド、A.リード音の輪コンサート常任指揮者として活躍。現在、「いしかわ 金沢 風と緑の楽都音楽祭」アドバイザー、関西国際大学客員教授。
第21回音の輪コンサート(2017年5月6日ミューザ川崎シンフォニーホール)指揮:伊藤透
アルフレッド・リード氏
金成祐行税理士・会計参与
後継者の桐岡万葉子氏
青山均社長
現在、ティンパニー42台をはじめマリンバ、ビブラフォン、グロッケン、シロフォン、各種ドラム、チャイム、チェレスタ、和太鼓、締太鼓など、数十種類の打楽器を取りそろえている。商圏は関東近辺。同業他社は4、5社あり、低価格で勝負しているところもあるが、豊富なノウハウを持つエーピーアイを脅かすほどには至っていないようだ。
再び青山社長の話。
「社員には音楽を勉強している若手のプレーヤーも複数いて、楽器の専門知識を持ったものがメンテナンスを毎日のように行っています。また、トラックも現在7台を所有し、毎週末に集中する演奏会に合わせて、効率的に配送できるような仕組みを構築してきました。楽器の組み立てや搬入・搬出についても精通し、豊富なノウハウを持っています。お客さまである演奏家の方々の要望は細かいですからね。そこへの対応力の高さが、信頼いただけている要因ではないでしょうか」
繁忙期はコンクールが頻繁に行われる真夏。多い時には月に120件を超える案件をこなさなければならない。3連休ともなると、社員やトラックをフル回転させて対応する。アルバイト含めて7名ほどのスタッフでこれを回すのは並大抵ではない。
レンタル料は、たとえば吹奏楽コンサートの打楽器一式をトラックに満載した場合は十数万円の売り上げとなる。
「当社のスタッフは素晴らしいと思います。私が仕組みをつくったのですが、いまでは私が教えられています」と青山社長。
金成会計参与は言う。
「当社には人件費以外の原価がほとんどなく、楽器の法定耐用年数も短いため減価償却もすぐに終わってしまいます。したがって限界利益率が高い。限界利益は、社員の報酬に高いレベルで還元されています」
こうした報酬の高さも、エーピーアイのサービス品質を担保する要素なのだろう。
右端は指揮者としても著名な伊藤透取締役
そんなエーピーアイもコロナ禍には悩まされたようだ。
「2020年6月などは売り上げゼロでした。1カ月だけでしたが、ゼロはなかなかないですよね。コロナ関連の公的支援でなんとか生き延びました」と青山社長。
同社の危機を救ったゼロゼロ融資や持続化給付金などの公的支援の受給については、金成税理士の勧めで1990年代から導人していたTKCの自計化※システムのFXシリーズが威力を発揮したのだという。
同社の後継者であり、プロのクラリネット演奏家でもある桐岡万葉子氏は「金融機関の担当者の方が、提出した帳表を見て”TKCなら間違いないですね“とすぐに審査を通していただき、とても助かりました」という。
電子申告を行うと同時に、自動的に金融機関に決算情報が開示される「TKCモニタリング情報サービス」を活用していたこともプラスに働いたのでは、と金成会計参与は言う。
もともと、青山社長は、経理をはじめバックヤードの効率化について熱心な経営者である。みずから市販のデータベース管理システムを駆使し、見積書から請求書、領収書までの発行を一貫してできる仕組みを作り上げてきた。
さらにそこにプラスして、このほどFXシリーズの「証憑保存機能」をフル活用した業務の効率化を実現。証憑保存機能とは、電子データ(PDF等)や紙の証憑を読み込み、TKCのデータセンターに保存、そのデータをFXシリーズに連携して仕訳入力につなげる機能。これによって、ペーパーレス化への第一歩となったのはもちろん、月次決算の正確性も格段に上がった。
給与計算についても効率化が進んでいる。桐岡氏が言う。
「これまでは、社長がデータベース管理システムを活用してつくったシステムのみで給与計算を行ってきましたが、いまはTKCの戦略給与情報システム『PX2』を使って管理しています。汎用性のある管理ツールなので、とてもやりやすくなりました」
実は現在、青山社長は、自らの持つ経理ノウハウを、後継者である桐岡氏に引き継いでいる最中。そんな青山社長の高度な知識も、TKCシステムの活用によって、より分かりやすく効率的な伝達が可能になっているのだという。
さて、冒頭に言及した「音の輪コンサート」は、「アルフレッド・リード生誕100年を祝う」と題して開催された2021年5月以来行われていない。それを再来年、「没後20年」をテーマに再び開催しようと、青山社長をはじめとする有志が動いている。
”リード魂“の継承に一役買うエーピーアイが、桐岡氏に引き継がれてどう事業を展開していくのかが注目される。
※自計化…経理処理に必要となるデータを、自社で会計ソフトなどに入力して運用していく方針
業種:打楽器レンタルサービス等
創業:1986年4月
所在地:神奈川県川崎市宮前区南野川2-29-3
従業員数:7名
URL:https://tokyo-dagakki.com/