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患者志向の病医院経営

医療制度改革や厳しい診療報酬改定など、病医院を取り巻く環境が大きく変化する中、国の施策では患者の視点を重視するようになった。病医院においても患者満足度を経営マネジメントに取り込むところが出てきている。安定的な経営を行うためにも患者満足度を高め、患者を確実に獲得することは欠かせない。
どのようにして患者満足度をマネジメントに取り込めばいいのか、そのポイントを、厚生労働省の「患者満足度調査導入による病院の経営改善」研究班代表を務められたこともある慶應義塾大学大学院教授の高木安雄氏にお話をうかがった。

聞き手 税理士 田島隆雄(医業経営コンサルタント)

患者志向の病医院経営~信頼とQOLの向上の基本~

PROFILE

  高木安雄(たかぎ やすお)

専門は、医療保障論、医療政策論、医療経営論、高齢者ケア論、社会保障論。
1973年千葉大学教育学部卒業(教育学士)、同年株式会社社会保険研究所『社会保険旬報』編集部勤務、厚生労働省専門誌記者クラブ加入、1987年第1回吉村賞(吉村記念厚生政策研究助成基金)受賞、1990年特殊法人・社会保障研究所調査部研究員、主任研究員、調査部長、1996年仙台白百合女子大学人間学部人間生活学科教授、2000年日本福祉大学経済学部経営開発学科教授、2001年九州大学大学院医学研究院医療経営・管理学専攻(専門職大学)教授、本年慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科医療マネジメント専修教授。

主な著書として、『医者と患者の経済学』(勁草書房)、『社会保障の財源政策』、『医療保障と医療費』(東大出版会、いずれも共著)など。
日本病院管理学会・老年社会科学会会員、(財)医療関連サービス振興会「評価認定制度委員会」委員、厚生労働省保険局「急性期入院医療の定額払い試行調査検討委員会」委員、日本医師会「介護保険委員会」委員、中医協診療報酬調査専門組織「慢性期医療評価」「運営コスト評価」分科会委員

医療の有り難さをアピールしなければ財源は増えない

――国の施策も患者の視点を取り入れるようになり、病医院の経営に患者満足度を取り入れるところが増えてきましたが、どのように経営に取り込むかは大きな課題だと思います。

高木 まず、患者満足度になぜ注目するかということです。

 医療費というのは税金と保険料と患者負担、この3つから財源調達するわけですけれども、最近は患者の一部負担が3割になって、高齢者は1割、上位所得者は2割と、負担が上がってきました。しかし、最終的に税金も保険料も患者負担も、結局は国民のお金です。
 そういう中にあって、「もっと医療にお金を使ってもいいですよ」という社会の合意を得るためには、患者が受けているサービスに納得し、満足しない限り増えないわけです。これが患者満足度が注目される重要な意義の1つです。
 もう1つは、社会保険制度の仕組みを考えると、富裕な人から低所得者に所得再分配して、医療の場合もお金のある人からない人へ、健康な人から病気の人へと所得移転しているわけです。そのときに、患者の満足はもちろんですが、家族など病気でない健康な人たちも、医療はいいものだと思わなければならないわけです。そういう意味では、病院に来ない元気な人が医療費のほとんどを払っていることを医療提供側は射程に入れるべきなのです。

――健康な人のことも考えなければならないのですね。

高木 患者ということを考えても、1日24時間のうち、がんの末期などのターミナルを除けば、病気がその人の生活に占める比重というのは決して100%ではなく、そんなに大きいわけではありません。たとえば、生活習慣病で通院する日は半日とられても、1週間単位でみると、せいぜい1割程度です。私もリウマチを患っていますが、「今日は痛い」という日でも、病気のウエートは2割くらいのものです。だから患者といっても病気がすべてではなく、生活者としての患者を考えるべきなのです。
 つまり、自分たちが行う医療サービスの有益性を社会にアピールする。そういう姿勢が必要なのです。そうしない限り、最終的に財源は増えません。

固定的でない医療ニーズ揺れ動く患者の本音

――患者満足を経営に取り入れようとしても、患者が何に不満を持っているのか本音を引き出すのは大変なことだと思いますが。

高木 そのとおりです。なぜかというと、自分も患者だからよくわかるのですが、やはり、医師に見捨てられることを怖がるから、なかなか本音を言わないのです。患者というのは「あなた(医師)のおかげで良くなっていますよ」と、お世話になっている「良い患者」を振る舞ってしまうものです。
最近は「情報の非対称性」とか、「利用者主権」「患者の尊重」と、患者擁護の動きが活発になってきていますが、他のサービスのように、医師と患者が対等の立場で議論できるかといえば、簡単ではありません。だから、医師がいくら一生懸命に聞く耳を持ったとしても、そう簡単に患者の本音が聞けるとは思えません。それは医師の責任だけではなくて、患者側の問題でもあるのです。
 生活習慣病が増えてくると、社会生活によるノイズ(雑音)がたくさんあって、病気なのかノイズなのかがわからなくなるし、「病気を治すために必要な意見」と「愚痴」と「どうでもいいようなわがまま」とが混在しています。
 クレーム処理は一般企業でもよく問題となりますが、そのときに「企業にとって役立つクレーム」と「わがまま」を選別します。しかし医療の場合、そこの部分がものすごく難しい。
 また、一般企業は、マーケットにいかに自分たちの商品・サービスをインターフェイスするか努力をしているが、専門職者というのは資格で業務が社会的に付与されているので、マーケットに近づける努力は少なくてよい。そのため自分のロジックに合わせてマーケットを作ってしまうところがある。医療の場合でいえば、患者のほうからすり寄ってくるので、医師は自分の技術がマーケットで本当に満足されているかどうかを検証しなくても済んでしまう。

――一歩踏み込んで患者に近づく努力をしなければならない。そして患者の意見を選別することも必要になるわけですね。

高木 患者の本音といっても、術前と術後では違うし、痛む日と経過がいい日では違います。手術前のときは、自分の手術が成功するかどうか心配だから、主治医や執刀医に関心が集中するけれど、手術が成功すれば今度は看護師や経過を見る若い医師のほうにシフトする。患者も今、誰がいちばんのキーパーソンなのかきちんと使い分けているのです。だから入院から退院までのプロセスの中で、どういう状態のときに誰にすがって、誰に本音を言うのか、患者の本音を探るというのはそう簡単ではありません。年齢によっても疾患によっても、その疾患の重症度によっても違います。医療ニーズというのは固定的ではないので、患者の本音も揺れ動くのです。

経営改善に生かすには定点観測で比較する

――すると、定期的にアンケートを採り、その都度どういう患者層だったのか具体的に把握する。それで比較しながらみることが必要なのですね。

高木 結論から先に言うと、満足度というのは、女房みたいなもので、ある意味、納得するしかない(笑)。
 病院側からみれば、どういう病気の人に選ばれ、どのような意見を言っているのか、それをきちんと患者の年齢、かかっている病気、かかっている医師・診療科の違いをふまえて見なければなりません。近くの病院と比べても、働いている医療スタッフも違えば、そこに行く患者も違いますので、何%が満足しているという数字を比較しても意味はありません。

 むしろ、マネジメントとして重要なことは、定点観測であり、去年はこういう患者層がこれくらいの満足度を示していたのに、今年は同じ患者層なのに、満足度が下がっていたというのであれば、どこに問題があるかを突き止めることで改善することができます。

――単に、大勢の人に印象だけを聞くようなアンケートではあまり意味をなさないのですか。

高木 アンケート調査は、「みんなで患者さんの本音を聞きましょう」というモチベーションにはなります。患者に目がいくということでは、それなりの意味がある。ただ、本当に経営改善に生かすということであれば、そのレベルのアンケートでは問題点の抽出はできません。しかも、病院のスタッフが病院内で聞いていたのでは心理的な圧力がかかって、「問題はありません。満足しています」と答えるに決まっています。
 満足度調査で、外来患者のほうが厳しめに出るのは、医療機関の選択に自由度が大きいためです。透析患者も週3回通っているので、すごく目が肥えている。ある意味で患者のプロなのです。
 そういう意味では、本当に経営に役立てる患者満足度のデータを取ろうと思うのであれば、慎重に精密に設計しないと、使えるデータにはなりません。

患者の声と専門職のワザの結合こそが経営者の役割

――患者満足度を経営に生かす際に、気をつけなければならないことは。

高木 患者の声を聞くために目安箱のようなものを設置している病院がありますが、設置するのは簡単です。大切なことは、投書した内容がどう処理されて、自分の投書がどうサービス改善につながったかということが示されることであり、これをやらない限り、目安箱なんかつくるべきではありません。聞く姿勢だけをみせて、何もやらなかったら逆効果で、不満はますます高まるばかりです。

 多くの病院は目安箱をつくれば患者さんの意見をとったと思っているが、大間違いだと思います。
 しかも、職員にとっても、「○○の電話の対応が悪い」と名指しでクレームを書かれたら、始末書や弁明書を書かされることになります。しかし、言いがかりの場合もあるわけで、始末書を書かされる職員が意気消沈しないように気をつける必要がある。患者の満足やクレームの位置づけをきちんと説明し、経営改善に役立つことの理解が得られなければならない。そこが、トップマネジメントの重要なところで、いちいち患者に右顧左眄する必要はない。そのハンドリングこそが経営者の役割であって、力量が問われるところです。しかも、現場の意欲をそがないような形でクレームを処理していくのは、非常に重要なことで、遅れを取り戻すために列車事故を起こしたJR西日本の例を見れば明らかです。

――一面では、あまりにも患者満足にとらわれているところもあると思われますが、そもそも何か要因でもあるのでしょうか。

高木 学生に「なぜ医学部に入ったのか」というアンケートをすると、ほとんどの学生から「人の役に立つ仕事をしたい」という答えが返ってくる。しかし、人の役に立つ仕事は果たして医師だけか、宅急便やタクシーの運転手は役に立っていないのか、なぜ医師だけが人の役に立つ仕事だと思うのか、と問いかけることにしている。
 6年間医学教育の中で、医師になる教育を受ける。しかも医師は人の役に立つ仕事だと徹底的に擦り込まれたらどういうことが起きるかというと、「自分のやることは人の役に立っているはずだ」と患者のことを無視するのです。一般企業は、常に人の生活を支える役に立つ仕事をつくるかを考えて、それに成功しないとお金をもらえないわけです。しかし、医療の場合は、すでに自分が役立つと思い込んでおり、役に立つからこそ社会保障のひとつとして財源が配分されるわけで、社会の付託と専門職者の責任というバランスが重要でしょう。

――クレームの場合、病院全体に関わることなので、患者の生の声として全スタッフが受けとめ、それを共有しなければなりませんが、そういう風土がないと、個人攻撃に終わってしまう可能性もありますね。

高木 どうしてそうなるかというのは、これも専門職の特性のひとつなのです。専門職者は自分はプロだと思っているので、たとえば医療事故が起きると、システムの問題を考える前に個人の責任を過剰に強調してしまうのです。そして、ほかの人が起こした事故の時は、自分には関係ないと思ってしまい、システムの問題として考えることは少ない。こういう考え方が医師も看護師にも染みついており、専門職者の分立した集団の弊害となっています。
だからこそ、病院のトップは「こんな投書が来たぞ、けしからん職員がいる」と騒いではならず、すべての投書は自分に来たと思わなければなりません。

患者の声に対応できるフレキシブルな組織を

――取り組む前に、組織や風土をつくらなければならないわけですね。職員満足度がなければ、患者満足度も向上させられないともいわれますね。

高木 医療・福祉の分野に従事する人たちの原点には、人を助けたいとか、痛みを取ってあげたいという奉仕の精神があると思います。そういう人たちが病院内で生き生きと仕事をしていれば、患者はもっと生き生きして、満足度も高まります。
 しかし、多くの病院では、「私の親はこの病院には入院させたくない」などと、内輪の愚痴を言い合っている。嘘でもいいから(笑)、「うちの先生はすごい立派だ」と、みんなでほめ合えば、周りの患者もこちらのほうを向いてくれるはずです。まずは自分たちがほめ合えるような職場環境やサービス提供をしない限り、患者だって来るわけがありません。
 つまり、バラバラな専門職者の思いだけでサービスが組み立てられていて、組織としてサービスを提供していないのです。だからこそ、病院組織としてのサービス提供という問題意識が院長にないと駄目なのです。

――病医院の中心である医師に対して、患者の不満が偏った場合、他のスタッフに悪影響を及ぼす結果になることもあると思われますが。

高木 まさに組織としてのサービス提供の問題で、確かに最終的に処方も手術もすべて医師がオーダーするわけです。
病院組織について、医師を頂点としたピラミッド型の組織とみるか、そうではなくて、医師をサッカーでいうミッドフィルダーのような司令塔の役割とみるか、医師がフォワードでゴールを決める時代は終焉して、ミッドフィルダーとしていいパスを前線に出して、最後のゴールは患者が決める、そういう組織がいいと思います。
 高齢者ケアの時代、在宅などを考えたらフォワードは看護師でもいいかもしれない。チームでサービスを提供し、最終的にゴールをするのはそれを選択した患者なのです。
そういう意味では、医師にすべてを依存するのではなく、患者と症状とニーズに応じてスタッフのフォーメーションはくるくる変わりながら、チーム医療を軸にフレキシブルに対応する時代だと思います。

――患者もチームの一員に含まれるわけですね。

高木 サッカーにおいてサポーターは12番目の選手といわれるように、医療においてもチームに含めなければ、患者の本音を聞く意味がなくなります。