令和7年(2025年)年末調整 税制改正の4大ポイントと実務対応

目次

令和7年度(2025年)の税制改正は、企業の年末調整実務に大きな変更をもたらします。今回の改正は、単なる控除額の見直しにとどまらず、申告書の様式変更や新たな控除制度の創設を伴うため、担当者には例年以上に正確な知識と計画的な準備が求められます。

この改正の背景には、現在の社会経済情勢に対応するための3つの主要な目的があります。それは「物価上昇への対応」「労働力不足の解消」「低・中所得者層の税負担軽減」です。これらの目的を達成するため、特に個人の所得計算の基礎となる各種控除が大幅に見直されました。

改正内容は令和7年12月1日より施行され、同年の年末調整から適用が開始されます。つまり、令和7年11月までの月々の源泉徴収事務に変更はありませんが、12月に行う年税額の最終計算において、新しいルールを適用する必要があります。

本ガイドは、人事・経理担当者の皆様がこの大きな変更に円滑に対応できるよう、改正点の要点から具体的な実務フロー、さらには従業員への説明シナリオまでを網羅的に解説するものです。まずは、今回の改正の核心である4つのポイントから見ていきましょう。

2.令和7年度税制改正「4大ポイント」の徹底解説

今回の税制改正の核心は、「基礎控除」「給与所得控除」「特定親族特別控除」「扶養親族の所得要件」という4つの主要な変更点に集約されます。これらの変更はそれぞれが独立しているわけではなく、相互に深く関連し合っています。特に、基礎控除と給与所得控除の引き上げが直接的な原因となり、扶養親族の所得要件が緩和されるという因果関係を理解することが重要です。その結果、従業員一人ひとりの納税額に影響を与えるだけでなく、扶養控除の対象者判定や申告書の確認といった企業の管理業務にも直接的な影響を及ぼすことになります。ここでは、各ポイントを詳細に分解し、実務上の意味合いを明らかにしていきます。

2-1.基礎控除の大幅な見直し

今回の改正で最も影響が大きいのが基礎控除の見直しです。従来の一律適用から、納税者本人の合計所得金額に応じて控除額が変動する新しい段階的な制度へと移行しました。これにより、特に低・中所得者層の税負担が軽減される設計となっています。

合計所得金額(給与収入のみの場合の目安) 改正後 基礎控除額(令和7・8年分) 改正後 基礎控除額(令和9年分以降) 改正前 基礎控除額
132万円以下(200万3,999円以下) 95万円 95万円 48万円
132万円超 336万円以下(~475万1,999円) 88万円 58万円 48万円
336万円超 489万円以下(~665万5,556円) 68万円 58万円 48万円
489万円超 655万円以下(~850万円) 63万円 58万円 48万円
655万円超 2,350万円以下(~2,545万円) 58万円 58万円 48万円
2,350万円超 改正なし 改正なし 改正なし

※注: 合計所得金額132万円超655万円以下の層に対する基礎控除の上乗せ措置は、令和7年・8年限定の時限措置です。令和9年以降は、この所得層の基礎控除額は58万円となります。

実務ポイント

年末調整でこの区分を判定するには、従業員本人の「合計所得金額の見積額」を書いてもらう必要があります。副業・年金・不動産所得がある人は要注意。

給与だけの人にも「今年、副業などはありませんか?」と一言添えた社内案内を出すと、後の修正が減ります。

給与システム(TKCの年末調整機能を含む)であれば、多段階の基礎控除に対応するアップデートが出ているはずなので、令和7年版に更新されているかを必ず確認してください。

2-2.給与所得控除の最低保障額の引き上げ

給与所得者の必要経費に相当する給与所得控除についても見直しが行われました。最低保障額が、従来の55万円から65万円へ10万円引き上げられます。

この改正が適用されるのは、給与収入が190万円以下の従業員です。収入がこれを上回る場合の給与所得控除額に変更はありません。この引き上げは、特にパートタイム従業員などの税負担軽減に寄与します。

2-3.新設「特定親族特別控除」とは

今回の改正で新たに創設されたのが「特定親族特別控除」です。この制度は、19歳以上23歳未満の特定扶養親族(主に大学生世代)を持つ納税者の税負担を軽減することを目的としています。従来、この年代の子供のアルバイト収入が一定額を超えると扶養控除(63万円)が適用されなくなり、親の税負担が急増する問題がありました。新制度では、所得に応じて段階的に控除を適用することで、この急激な負担増を緩和します。

控除の対象となる「特定親族」の定義

  • 年齢:その年の12月31日時点で19歳以上23歳未満
  • 所得要件:合計所得金額が58万円超123万円以下
  • その他:納税者と生計を一にしている親族(配偶者、事業専従者などを除く)

控除額は、特定親族の合計所得金額に応じて細かく設定されています。

特定親族の合計所得金額(給与収入のみの場合の目安)特定親族特別控除額
58万円超 85万円以下(123万円超 150万円以下)63万円
85万円超 90万円以下(150万円超 155万円以下)61万円
90万円超 95万円以下(155万円超 160万円以下)51万円
95万円超 100万円以下(160万円超 165万円以下)41万円
100万円超 105万円以下(165万円超 170万円以下)31万円
105万円超 110万円以下(170万円超 175万円以下)21万円
110万円超 115万円以下(175万円超 180万円以下)11万円
115万円超 120万円以下(180万円超 185万円以下)6万円
120万円超 123万円以下(185万円超 188万円以下)3万円

2-4.扶養親族等の所得要件の改正

基礎控除と給与所得控除の引き上げという直接的な結果として、扶養控除や配偶者控除などの対象となる親族の所得要件が緩和されました。これにより、これまで所得要件を超えていたために控除の対象外だった家族が、新たに控除対象となる可能性があります。

扶養親族等の区分改正後の所得要件(給与収入のみ)改正前の所得要件(給与収入のみ)
扶養親族・同一生計配偶者58万円以下(123万円以下)48万円以下(103万円以下)
配偶者特別控除の対象となる配偶者58万円超 133万円以下(123万円超 201万5,999円以下)48万円超 133万円以下(103万円超 201万5,999円以下)
勤労学生85万円以下(150万円以下)75万円以下(130万円以下)

2-5.(参考)調書方式による住宅ローン控除への実務的な影響

住宅ローン控除の手続きに「調書方式」という新しい方法が導入されています。これは、金融機関から税務署へ直接ローン残高情報が通知されるため、従業員による「住宅ローン年末残高等証明書」の会社への提出が不要になる方式です。

ただし、この方式はまだ広く普及しておらず、ほとんどの金融機関は従来通りの証明書方式を継続しています。そのため、令和7年の年末調整における実務上の影響は限定的と考えてよいでしょう。

3.「年収の壁」への影響と従業員への説明

今回の税制改正に伴う「年収の壁」の変更点を従業員へ正確に伝達することは、人事・経理担当者にとって極めて重要です。特に、多くの従業員が混同しがちな「税金の壁」と「社会保険の壁」の違いを明確に説明しなければ、かえって混乱を招きかねません。事前の丁寧なコミュニケーションは、従業員の不安を解消し、年末調整時期の問い合わせ対応の負荷を大幅に軽減する鍵となります。

3-1.103万円の壁→123万円の壁に変わるしくみ

従来、所得税が課税され始める年収の目安として知られていた「103万円の壁」が、今回の改正で「123万円の壁」へと引き上げられました。このメカニズムは、給与所得控除と基礎控除の引き上げによるものです。

改正前: 給与所得控除 55万円 + 基礎控除 48万円 = 103万円

改正後: 給与所得控除 65万円 + 基礎控除 58万円 = 123万円

この計算式で用いられている「基礎控除58万円」は、改正後、合計所得金額が655万円超2,350万円以下の層に適用される新しい標準的な控除額です。給与収入が123万円以下であれば、所得金額が0円となり所得税が課税されません。これにより、所得税の課税最低限が20万円引き上げられたことになります。

3-2.しかし社会保険の壁は動かない:逆転現象への対処

ここで最も注意すべき点は、引き上げられた税制上の壁と、据え置かれた社会保険の壁(例:従業員数51人以上の企業等で適用される106万円の壁や、配偶者の扶養に入る基準である130万円の壁)との間に大きな乖離が生じることです。

今回の改正はあくまで税制上の措置であり、社会保険制度に変更はありません。そのため、年収が106万円や130万円を超えると、社会保険料の負担が発生し、税金はかからなくても手取り額が減少する「逆転現象」が起こり得ます。これは、労働時間を増やすことを検討している従業員にとって最も重要な注意点であり、事前の説明が不可欠です。

4.年末調整のスケジュールと社内体制づくり

令和7年の法改正は多岐にわたり複雑であるため、例年以上に早期かつ計画的な準備が、年末調整業務を円滑に進める上での鍵となります。担当者間の情報共有を徹底し、全社的なスケジュールを策定することが重要です。

4-1.11月にやること

従業員への周知徹底: 従業員向け説明会の開催や社内ポータルでの情報提供を通じ、改正内容と手続きの変更点を周知徹底します。特に「年収の壁」に関する注意喚起は丁寧に行います。

申告書の配布・回収開始: 新しい様式を含む各種申告書を従業員に配布し、回収を開始します。電子申告の場合は、システムへの入力依頼を開始します。

申告書内容のチェックと修正依頼: 提出された申告書から順次内容をチェックします。特に新設された控除や所得要件の変更点を重点的に確認し、不備があれば速やかに従業員へ修正を依頼します。

4-2.12月にやること

年税額の最終計算: 全従業員の申告書に基づき、改正後の基礎控除や新設の特定親族特別控除などを適用して、令和7年分の年税額を最終計算します。

ダブルチェックの実施: 計算結果、特に新設された控除項目や所得金額に応じた段階的な控除額の適用について、複数人によるダブルチェック体制を構築し、計算ミスを防止します。

過不足額の精算: 計算された年税額と、1年間に徴収した源泉徴収税額との差額を精算します。差額は12月または翌年1月の給与で還付または追加徴収します。

5.【書類別】様式変更とチェックリスト

令和7年の税制改正は、年末調整で用いる申告書の様式に具体的な変更をもたらします。特に、複数の申告書を統合した新しい兼用様式の導入が実務上の最大の変更点となります。ここでは、担当者が申告書を受理・確認する際に注意すべきポイントを、書類別に解説します。

5-1.扶養控除等(異動)申告書

「令和7年分 給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」の様式自体には、記載欄の大きな変更はありません。

しかし、実務上の注意点は非常に重要です。扶養親族の所得要件が緩和(合計所得58万円以下、給与収入のみなら123万円以下)されたことにより、これまで対象外だった親族が新たに扶養控除の対象となる可能性があります。

例えば、パート収入が110万円だった配偶者などが該当します。このような従業員からは、対象親族を追加記載した申告書の再提出が必要になりますので、周知を徹底してください。

5-2.基礎控除・配偶者控除等・特定親族特別控除・所得金額調整控除 兼用申告書

この書類が、今回の改正で最も大きく変更されるものです。従来の「基礎控除申告書」「配偶者控除等申告書」「所得金額調整控除申告書」の3つの申告書を兼ねた様式に、新設された「特定親族特別控除申告書」が追加され、4つの申告を1枚の用紙で行う新しい兼用様式(以下、「基・配・特・所」申告書)となります。

担当者がこの申告書を確認する際のチェックリストは以下の通りです。

基礎控除欄の確認:

  • 従業員本人の「合計所得金額の見積額」は正しく計算されているか?
  • その金額に基づき、改正後の段階的な控除額(95万円、88万円など)が正しく選択されているか?

配偶者控除等欄の確認:

  • 配偶者の所得が給与のみの場合、改正後の給与所得控除(最低65万円)を適用して「合計所得金額の見積額」が正しく計算されているか?
  • 算出された控除額が、従業員本人と配偶者の所得の組み合わせに対して正しいか?

特定親族特別控除欄の確認:

  • 対象となる親族の年齢が19歳以上23歳未満であるか?
  • 合計所得金額が「58万円超123万円以下」の範囲内であるか?
  • 所得額に応じて定められた段階的な控除額が正しく選択されているか?

5-3.源泉徴収票・源泉徴収簿の注意点

「給与所得の源泉徴収票」の様式も改正され、「特定親族特別控除」の適用がある場合には、その控除額等を記載する欄が設けられます。

一方で、国税庁が提供する「令和7年分 給与所得に対する源泉徴収簿」の様式は、この特定親族特別控除の計算に正式対応していません。そのため、この控除の適用がある従業員については、源泉徴収簿の余白部分に手計算で控除額を追記し、所得控除額の合計に加算するといった個別対応が必要になります。システムを利用しない場合は特に注意が必要です。

6. Q&A(よくある質問)

Q1: 結局、「103万円の壁」はどうなるのですか?

  A1: 所得税については、扶養の対象となる年収上限が123万円に引き上げられます。しかし、健康保険や年金といった社会保険の扶養の壁(例: 106万円や130万円)は変更されていませんので、十分にご注意ください。

Q2: 令和7年の年末調整では、いつから新しい制度が適用されますか?

  A2: 改正は令和7年分の所得税全体に適用されます。実務としては、令和7年12月に行う年末調整の計算から、新しい控除額や申告書様式を使用します。なお、令和7年11月までの毎月の給与計算(源泉徴収)には変更はありません。

Q3: 新しく「特定親族特別控除」の対象になる子供がいます。手続きはどうすればよいですか?

  A3: 新しくなる「給与所得者の基礎控除申告書 兼 配偶者控除等申告書 兼 特定親族特別控除申告書 兼 所得金額調整控除申告書」(通称「基・配・特・所」申告書)という兼用様式に、特定親族特別控除を申告する欄が新設されます。そちらに必要事項を記入し、会社に提出してください。

Q4:19~23歳の子を、夫と妻の両方が特定親族特別控除として申告することは出来ますか?

  A4. いいえ。対象の親族は1人につき1か所でしか使えません。どちらが控除するかを家族内で決めたうえで申告してもらってください。

Q5: パート収入が110万円の配偶者がいます。これまでは扶養から外れていましたが、今年から対象になりますか?

  A5: はい、対象になります。配偶者控除の対象となる所得要件が給与収入123万円以下に引き上げられたためです。扶養控除の対象に加えるために、「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」を会社に提出し直してください。

Q6: 令和8年(2026年)以降は、さらに何が変わるのですか?

  A6: 令和8年1月以降、毎月の給与から天引きする源泉徴収税額を決める「源泉徴収税額表」が、改正後の控除額を反映したものに変わります。また、「扶養控除等申告書」の様式も変更され、月々の計算に特定親族特別控除の一部を反映させるための「源泉控除対象親族」という新しい欄が設けられる予定です。