ジョルジャ・メローニと戸塚理論

ジョルジャ・メローニ (イタリア首相)の保守の精神とは

 私たちが今持つものは先人たちの犠牲の上にある。

自分たちが今持っているのは勝手に与えられているものではない。

あなたには祖国があり、ルーツ(祖先)があり伝統があり、アイディンティティ(善なる本能)があります。

それはあなたより前の誰かが犠牲を払ったからです。

小さな犠牲も、ときには命さえも犠牲にして

そして今から私が国民の皆様に向けたメッセージは極めて重要です。

もしあなたが次の世代のために自分の犠牲を払わないなら、私たちが受け継いだもの(魂)の意味は失われてしまいます。

私たちが日々行う小さな行動にも意味があります。

なぜ私たちはごみの分別をしなければならないのでしょうか?

そしておそらく私は、正しく行われたごみの分別の成果を見ることはないでしょう。

その環境への効果を自分が生きている間には実感することもないでしょう。

それなのになぜやるのでしょうか

それは、私の後に来る人たちのためにです。

そしてそれは私が生まれてくる前の誰かがそうしてくれたのと同じです。

その人たちは自ら犠牲をはらい、私たちが今持っているもの(文化・伝統)を受け継げるようにしてくれたのです。

この「受け継ぎ、また次に渡す」という意識こそが共同体への帰属意識(家族愛・郷土愛・愛国心)の本質(善なる本能)なのです。

国の歴史は戦争や困窮など困難な時代もあります。しかし国民同士を争わせるためにあるのではありません。

私たちは「同じ歴史を共有している」という意識を持つためにあるのです。

 文中()内は小生による。

この言葉から連想するのが、毎年新年に行われる箱根駅伝です。それぞれの選手が母校のために決められた区間を何人かでたすきリレーを行います。

自分に与えられた区間を、自分の記録を更新するために走り出します。しかし最後には自我は消え去りフラフラの状態でも、次の走者へバトンを渡すことだけに集中し、息が絶え絶えのなか最後の力を振り絞ってタッチした瞬間、倒れ崩れる様はどの選手も同じです。

そして最後のゴールを考える力はすでに無くなって、本能のみで走り続けていく「命の限り魂のたすきを繋ぐ」そこには自分の命を超えたより大事な何かがある、ジョルジャが言いたいのはイタリアの魂なのだと思います。


 幕末の思想家 吉田松陰の辞世の句

 身はたとひ 

 武蔵野の野辺に 朽ちぬとも

 留め置かまし  大和魂

 明治維新は見れないが、高杉晋作、伊藤博文、山形有明などへのたすきリレーで大和魂を繋いだと言えます。

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