相続対策の前に

相続税の増税が決まったことから、世の中相続税の節税対策の本がどんどん出版されています。
でも、その前にもっと大事なものがあるという思いから筆をとることにしました。
そこで、相続に関してもっとも大事と思われることから考えようと思います。

円満な相続

相続の現場で、税理士の間に次の言葉があります。
「1に分割、2に納税、3,4なくて5に節税」
この言葉くらい、節税対策が喧しくなった今ほど噛みしめなければならない教訓はないのではないかと思っています。
どんな立派な節税対策をしたところで、相続人間で相続財産の分割がうまくいかなければ、その節税対策は全く意味をなしません。
相続の現場では、結構揉めるケースに出くわします。揉めだしてしまうと、頭では分かっていても感情が先に出て、「もう金はどうでもいい。絶対に許せない」などとなり、円滑な分割が出来ないことから、節税対策など行っていても、結果的に何の意味もないこどころか、対策をやったがために、かえってそれが紛争の火に油を注ぐ結果になることすらあります。
また、相続争いは金持ちの話、うちには関係ないなどとお考えなら、それも大きな間違いです。
家庭裁判所に係争される遺産分割の紛争データを見ると、遺産総額が5,000万円以下の割合が、何と75%程度を占めています。
恐らくこの遺産総額では相続税の申告義務のない人がほとんどだと思われます。
語弊はありますが、貧乏人ほど揉めやすいと言えます。
従って、まずいかに円満に分割するかを第一に考えねばなりません。
併せて、円滑に分割しても納税ができなければ、何もならないので、そこらを考えながら分割を考えなければなりません。
以下順を追って考えて行きましょう。

遺言について

分割をスムーズに行うには遺言が非常に有効であるというのは、かなりの人が頭では分かっています。
しかし、実際は遺言がない場合が非常に多いというのも、厳然たる事実です。
悲しいかな自分も含めて、自分の死をどこか真剣に考えたくないと思うところもあるし、自分の子どもに限って揉めるはずはないと、やはりどこかで思っているからか、なかなか遺言を書く気にならないと言うのが偽らざる心境かななどと思っています。
でも、税理士としての経験から苦い思い出もあります。
それは確定申告だけを依頼されている方でした。かなり、ご年配なので、相続はどうなのかなと気にはなっていました。
いつも対応されるのは、ご本人と奥様なので、もしかして子供はいないのかなとはどこかで思っていまいたが、まあすぐに相続はないだろうと自分勝手に思っていました。
しかし、死が突然やってきてしまいました。お二人に子供はいらっしゃいませんでした。そして、遺言もありませんでした。
更に悪いことに、亡くなった方にはご兄弟がたくさんおり、更にご本人も高齢でしたが、兄弟も当然高齢で鬼籍に入っておられる方が大半で、そうなると代襲相続でその子まで相続権が発生していますので、分割協議書を完成させるのに、大変な思いをしました。
そこで得た教訓は次に該当する方だけは絶対に遺言を用意しておくべきです。
1.子供がなく、配偶者と兄弟姉妹が相続人になる人
2.先妻の子と後妻の子がいる人
3.内縁の妻や認知した子がいる
これに該当する方は結構多くいらっしゃいます。残った人のために、いやでも遺言を残すべきです。

あまりに偏った遺言も

前段と矛盾するような話かもしれませんが、あまりに偏った遺言というのにも、たまにお目に掛かります。
まあ普通の人だから遺留分の知識がないというのは、理解できますが、それにしてもある1人の人に遺産を集中させ、ひどいときには、その他の人は何もなしという遺言書も見たこともあります。
これでは相続人に喧嘩をしろと吹っ掛けているようです。やはり、常識的な線というのがあるのではないでしょうか。
争族防止のために遺言を活用して欲しいのに、遺言が返って紛争の種になるのでは、話になりません。
遺言の世界でもやはり偏りすぎはまずいのではないでしょうか。
また、最近信託銀行等に遺言信託をされる方も多いと思います。
当然銀行の担当者は必ずしも専門知識があるわけでもないでしょうし、銀行に依頼する前に専門家に相談すのが安全でしょう。
また、もし遺言があまりに不当でかえってこのまま実行していまうと紛争になってしまうと判断したら、相続人全員の合意があれば、遺言書の指定通り遺産分割を行わなくても良いことが判例上も認められています。
ただ、この場合も遺言に銀行等が遺言人に指定されていると、そこらの事情を勘案することなく、速やかに執行されることが多いと思われます。
そうなった場合、一旦決まった分割を相続人間で再分割すると、贈与税の問題が浮上してきますので、そこらをよくよく考えられると良いかと思います。

納税資金

節税対策にばかり目が行くと、うっかり納税資金にまで目がまわらなくなるということもあります。
また、ついつい1次相続ばかりに目が向いてしまい、2次相続までを視野に入れずにやってしまうということも起こりがちです。
また、節税対策が高度になればなるほどそれに酔いしれ、うっかり納税資金対策を忘れてしまったなんてことだってあります。
過去にこんなこともありました。相続財産の中にスーパーマーケットに貸している土地がありました。地代が月々入ってくるので、十分分割納税が可能と延納を選択されておられました。ところが、あるときスーパーが突然閉店されることになってしまいました。
最初のうちはまたどっか借りてくれるだろうとたかをくくっていまいたが、残念ながら次はでてきませんでした。
延納というのは恐ろしい制度で、返済原資がなくなったとき、もう取り返しがつかなくなります。その当時は物納に後で変更することも出来ません。
その方もそんな事情から息子夫婦が家を出て行ってしまうなど、家族関係にもひびが入ってしましました。
納税資金の確保は節税対策より、優先して考えなければなリません。

過度な節税は危険

節税は目的ではなく、手段です。
つまり、節税は納税の資金繰りやできるだけ多く遺産を残すという目的にとって有効であることを前提に、選択すべき手段であって、これをやったがために、確かに税金は減ったけど、銀行から借りた借入金が返済不能に陥ったでは、本末転倒です。
然し実はこの節税倒産は決して珍しいものではありません。
資産家の方であれば、ハウスメーカー等が訪れ、節税対策のため、借入を起こし、賃貸物件を建てましょうなどというお話は結構あるだろうと思います。
この時、節税計画が資金計画より優先されていませんか。
運用利回りが借入金の金利を上回らなければ、節税破綻が待っています。
アパートひとつとっても時代とともに、人々のライフスタイルは変わっていきます。子供が多かった時代には広めの賃貸が喜ばれても、少子化の今では広い部屋はむしろお荷物となるようにとか、昔では考えられなかった敷金、礼金、更新料ゼロとかです。
事業家的な感覚を持たないと、節税対策ばかりに目が行って、かえって節税倒産に襲われないか気になります。
次回から、相続対策の昨日・今日・明日を書こうかと思っています。