介護の現場の労務問題

平成24年4月1日施行の改正介護保険法に「労働法規遵守の徹底」が盛り込まれました。
労働法規に違反して罰金刑以上を受けた場合は、指定をされなかたり、指定の取消や更新拒否などがありうるという内容になっています。

法改正の背景

このような法改正が行われた背景としては、介護現場における労働法規違反が他の業種に比べ高いことが上げられます。
厚生労働省の調査によれば、社会福祉施設における労働基準法の「違反出現率」は高い順に
労働時間のカウント誤り31.1%
割増賃金の不払い29.3%
就業規則の未整備23.0%
などとなっています。
このうち、介護事業所は特に労働法規違反が多く、なかでも訪問介護の74%が法規違反をしているといわれています。
この背景としては、まず何より収支差率が5.1%、収入における給与費割合が76.9%という極めて厳しい経営状況があることとあわせ、もともとボランテイアから事業を始めた方も多く、どうしてもビジネス感覚での対応ができず、職員にもボランテイア精神を求めてしまうといたこともあると思われます。

労務管理上の問題

労働基準法の「違反出現率」の最も高い労働時間について考えてみましょう。
労働時間とは、「使用者の指揮監督下にある時間」であり、単に介護サービスを提供している時間だけとは限りません。
移動・待機に要する時間、交代制勤務における引継ぎ時間、業務報告書等の作成時間、業務に関する打合せや会議等の時間、施設行事等の準備と実施に係る時間、使用者の指示に基づく研修の時間は労働時間に該当します。
介護の現場では、訪問介護員が一人で訪問し、一人でサービスを提供するケースが多く、従って外からは勤務実態が掴みづらいことがあげられます。
訪問介護員の一日の動きから見てみますと、まず、自宅から介護サービス利用者Aさん宅への時間は通勤時間に該当し、労働時間の範囲には含まれません。その後Aさん宅から次ぎの利用者Bさん宅への移動時間は労働時間の範囲に入ります。その後昼食を取ったり、空き時間がある場合は労働時間には該当せず、その後事業所に寄り、業務報告書を書いた場合、その移動時間、作業時間は労働時間です。報告も終わり、事業所から自宅へ帰る時間は通勤時間となり、労働時間とはなりません。
紙に書いてしまえばこうなりますが、直行直帰の多い訪問介護員の場合はどうしても目の届かないところが出てきてしまいます。
そこで、例えば移動時間は
①移動時間については、通常の移動に要する時間を基に算定する。
②介護サービスの提供に従事した時間に対して支払う賃金と、移動時間時間に対して支払う賃金を最低賃金を下回らない範囲で異なった金額とする。
③実測結果に基づき1回当たりの移動に係る賃金を定額制にし、実労働時間がそれを超過した場合に超過分を支払う。
などの対応が考えられます。但しこれらの処置は、雇入通知書や就業規則に明記する必要があります。
先ほどの違反出現率のところで就業規則の未整備を触れましたが、例え10人以下の事業所で法律上の作成義務はなくても事業所と介護員のお互いを守るため、就業規則を作成しておくべきものと思います。

人事管理上の問題

訪問介護の現場では離職率の高さも問題になっています。一方採用に関しては、介護需要がますます高まり、高い離職率と相まって人材確保がなかなか困難な状況にあります。
折角採用したのに、すぐに辞められてしまっては、本人ばかりでなく、介護利用者、事業者みんなが困ります。
<訪問介護員の確保>
訪問介護員の確保・定着に当たっては、募集・採用にあたって様々な情報提供を行うことが、有効とされています。
これは当たり前の話ですが、
①「契約期間」「仕事内容」「労働時間」「賃金」等の労働条件を明示する。
更には
②「事業所の経営理念」「能力開発方針」「将来のキャリア展開の可能性」「職場の雰囲気」などの情報です。
上記②は外部からは入手しづらい情報ですが、一方で求職者が重要な情報としていることが、各種調査で明らかになっています。
求職者が求める情報を可能な限り提供することで、入職後の期待と現実のギャップによるミスマッチによる離職を防ぐことができます。
<人材の定着・育成>
上でも述べましたが、訪問介護員は利用者宅を一人で訪問し、一人でサービスを提供し、利用者宅から自宅へ戻る「直行直帰型」が多く見られます。
このため、サービス提供中に先輩や同僚から仕事のアドバイスを受けるのが難しため、勢い自分のサービスの進め方が利用者にとって本当に適切なものであるかどうか、不安を抱いていることが少なくありません。不安の増大が、結果として離職へ導いてしまう可能性も指摘できます。
そこで、訪問介護員の定着を促進するためには、とりわけサービス提供責任者が「訪問介護計画書と手順書を確実に整備する」、「文書を用いて事前にサービス提供にあたっての留意点をきめ細かに教える」、「同行指導を行い、具体的な改善策を提示する」など適宜行うことが重要です。
<人材の評価>
「評価」には、「処遇」や「賃金決定の指標」など様々な機能がありますが、評価することだけで終わらせず、評価結果を本人にフィードバックすることが人材育成につながります。
評価に当たっては、訪問介護員の知識・能力・技術・働きぶりをサービス提供者が正確に把握する必要があります。
訪問介護員が自ら自己評価を行い、サービス提供者がそれを基に面接機会を設けて、どこが良くて、どこを改善すれば良いかをお互い話し合うことも良い方法です。
また、知識・能力・技術や働きぶりの評価結果を処遇(職位、賃金、配置、非正規から正規への登用等)へ反映する仕組みを設けることは、人材育成並びに人材の確保・定着に大いに効果的です。

健康管理について

介護従事者は、職場、利用者そしてその家族等、人間関係の複雑な環境の中でストレスの蓄積しやすい環境にあります。
また、訪問介護員は直行直帰の勤務形態が多いこと、一人で業務を遂行すること等のため、このストレスが精神的な疲労となり、健康を阻害することにつながります。
職場でのメンタルヘルス対策は重要度を増してくると思われます。
また、なんといっても介護現場の健康管理といえば腰痛対策をあげなければなりません。
訪問介護員の就労実態調査によれば、腰痛の自覚症状を有している者は全体の半数、腰痛防止のコルセット使用者も4分の1に及んでいます。
訪問介護員に対して、腰痛に対する教育や介護現場における正しい姿勢の徹底、作業前や休憩時における腰痛対策の実施、そして腰部保護ベルト等の導入と正しい使い方の徹底など腰痛予防に対する取組の充実が不可欠です。
事業所内に適材がいない場合は、理学療法士を講師に招いて研修を行ったり、柔道整骨師等の活用なども考えたら良いかと思います。